一段飛ばしで逃避行(重舳)
瀬戸内海にある小島の一つの島。俺はその島で生まれ育った。暇な学生の長期休暇には銛を片手に小さい頃からよくしてもらっているこの島の総大将ともいえる第三協栄丸なんて船の名前みたいな名前をした親父さんの船の一つに乗せて貰って、海に飛び出す。今日はいつも乗せて貰っている鬼蜘蛛丸さんもとい鬼さんの船が先に出てしまったので、由良四郎さんもとい由良さんの船に乗せて貰った。由良さんの船は鬼さんの船よりもちょっと大きくてちょっと綺麗なのでちょっと気持ちが新鮮になる。
「鬼は舳が久片ぶりに出てきたからなぁ。喜んで連れてったんだよ。」
「舳兄!?」
舳というのは舳丸で、俺にとってこの島のお兄ちゃんのような存在だ。社会人になってしまってから島を出るようになってしまった舳兄。小さい頃からいつも一緒に銛をしていた。銛を教えてくれたのも舳兄だ。舳兄が島を出てからというもの俺の銛つきは色褪せて、余りしなくなった。それでも銛を続けようかと思ったのは、海に潜らないとなんだか生きた心地がしないのだ。それでもずっとずっともの足りなくなってしまった。舳兄がいないから。でも、帰ってきたんだ。舳兄が。舳兄が帰ってきたんだ!
「なんでもっと早く教えてくれなかったんだ!」
知ってたらもっと朝一…いや深夜にだって舳兄の家に突撃したのに。舳兄の存在はそれだけ俺を興奮させるものだ。舳兄が大好きなのだ、俺は。
「まぁまぁ、俺達も吃驚したんだ。突然帰ってきたんだからな」
それで鬼さんがテンションあがって、約束した俺を待たずに出航してしまう情景はすぐにでも思い浮かんだ。まだ朝日も出ていない漁師たちの朝。俺だって早起きしてきたのに、夏の朝は早く起きるのがつらい。もう少しだけ、もう少しでも早く起きたらよかった。
「まぁ落ち着けや。ほら、あそこに見えるだろ」
由良さんが指した先に確かに赤い光が見えた。赤い太陽とピンクの朝焼け、そして誰よりも魅力的な紅。水しぶきをたらした舳兄の後ろ姿が。
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「ねぇ舳兄、いつ帰ってくるの」
「いつか…船を買おうと思ってる」
「そんなの待てない!一緒に買ってやる!」
舳兄の腕をとり思い切り飛び込んだ