あいつは、俺よりけっこう後におひさま園に入ってきた。
殆どの奴らは小学校入学前ぐらいに入ってきたから、そいつらとはせいぜい2、3年程度の差しかないだろうが、俺は物心つく前からおひさま園にいたので完全に部外者だと思った。

俺以外の奴も久々の新入りだったので警戒して、全然話しかけなかった。
ただでさえ「新しく入ってきた子」といえば近寄り難いイメージを持つのに、その上あいつは新入りのくせに妙に堂々として、冷たいオーラを放っていた。

普通転校生とかそーゆーモンは、多少オドオドしてたり、ルールや生活習慣が分からず焦ったりしているもんだ。
特にここはおひさま園。
入ってくる理由と言えば、親の死か、捨てられたか。
だから入ってきたばかりの奴は親を恋しがって暫くメソメソ泣いていることが多い。

その方が可愛げがあるし、俺だって親がいない同じ境遇に置かれているヤツだ。優しくしてやろうかぐらいのことは思う。

それなのにアイツは誰に聞いた訳でもなく、いつの間にかおひさま園のルールを覚え、間取りを覚え、まるで最初っからここいたような振る舞いをしていた。
泣くどころか、少しでもためらったり不安そうな顔すらしやしない。


気に食わなかった。

おひさま園にいる奴は、ほぼ全員俺が仕切っていた。
正確に言えば俺とヒロトと八神だが。
古株である俺たちが後から入ってきた奴らの喧嘩を止め、おやつを分け、サッカーを教え、相談にのった。
みんな俺らに懐いていて、いわば年が同じでも兄役をやってやってる感じだった。

なのに何年も後から入ったくせに我がもの顔で居座られたら、いけ好かないと思うのが至極普通だろう。
俺がそう言っても八神とヒロトは、関わりたくないなら放っておけばいい、そういうタイプの子なんだよ、とか言って特に気にしてるようには思えなかった。

でもまぁ確かに、アイツが何か悪いことをしてる訳でもないのにいきなり言いがかりをつけるのは流石に良くないと思って黙ってた。







最初に話したのはそれから一週間ぐらい後。

みんなでサッカーをやっていたとき、喉が渇いた俺は水を飲もうと園内に一旦戻った。
そんなとき、フッといつも日の当たる、俺のお気に入りのベランダを見るとアイツが座っていた。

イライラした。
別に「南雲晴矢の場所」と名前が貼ってある訳でもなんでもない。
でも、茂人たちもあんまり来ない場所にズカズカとあいつが入っていると思うと、その不快感を抑えられず近づいてその腕を掴んだ。


「おい」

「っ!」


流石にびっくりしたのか振り向いたその顔はいつもの仏頂面じゃなく、大きな目を見開いていた。


「お前こんなとこでなにしてんだ」

「なにって・・・何も」

「なんでみんなとサッカーやんねぇんだよ。ヒロトに誘われただろうが」

「誘われたけど」

「お前自分勝手すぎんだよ、後から、」

「・・・・・」



後から入ってきたクセに、と言おうと思ったが流石にこれは言いがかりにも程があると思ってやめた。
こいつにとっちゃあいきなり文句言われて状況がわからないのだろう。
暫くこっちを見ていたが、ふっとまた視線をベランダのタイルへ戻していた。

なんというか、いつもこいつの周りにある張りつめた空気がなくなっていた。
日に溶かされたみたいに。


「君は」

「え」

「君はどうしてここにいるの?」

「馬鹿かお前、他の奴らと一緒だろ。親がいねーの」

「馬鹿は君でしょ。そんなの知ってる。なんで親がいないのか聞いてるの」


かなりカチンときたが、魂が抜けたみたいにぼんやりと一点を見つめる青緑の目をみたらなぜか怒鳴れなかった。



「知らねーよ。おれハハオヤのことなんも覚えてないし、最初っからおひさま園にいた」

「そう」

「・・・・・」

「・・・・・・・」

「言えよっ!」

「え、何を」

「教えたんだから教え返すのが普通だろ!なんでここに来たんだよ」

「親二人とも死んだから」



あまりにも現実離れしたことをサラリと言われたのでかなり焦った。
嘘を付いてるようには見えなかった。
今度は聞いてもいないのにペラペラと喋り出した。


「家はすごく貧乏で、お金無いのにお父さんはいっつもお酒飲んでたんだ。お母さんはそんなお父さんと生きてるのが嫌になっちゃって死んじゃった。それから三年は生活保護で暮らしてたんだけど、お父さん、二ヶ月前に酔っぱらって階段から落ちて死んじゃった。別に寂しくないよ。お父さんあんまりすきじゃなかったから」


そん時の俺はまだ小3だからセーカツホゴとやらが何かサッパリ知らなかったが、長袖のパーカーから少し出た、日の当たる手のこうにある黒い焦げや首筋の青たんなんかを見つけて、何となくこいつの生活がどういったものだったかが分かった。

おひさま園の中でも親を病気や事故なんかで亡くした奴らやはたまに墓参りへ行っていた。
その度に親を知ってる奴は良いなと思っていたが、こんなやつもいるなら何も知らずに呑気に暮らしている自分の方が幸せなのかなと思った。



「いくぞ」

「・・・?どこに」

「外だよ!サッカーすんだよ。そこは俺の場所だからあんま居んな!」

「私サッカーできないよ」

「最初はみんなできねーんだよ!いいから来い!」



ぐいぐいと腕を引っ張って無理矢理園庭に連れてったのを覚えている。







サッカーがうまいと父さんが褒めてくれた。
だからおひさま園にいた子どもはみんな一生懸命練習していた。

それがまさか、あんなことのためだとは知らずに。

エイリア学園が解体されたばかりのとき、俺は父さんを憎んだ。
正直今も腑に落ちないしやっぱり腹が立つときもある。

でも感謝してるとこだってある。
おひさま園に俺を入れてくれなければ俺はプロミネンスの仲間にもあいつにも会えなかったから。



「おい、何してんだ」

「見て分かんない?寝てるの」

「お前聞いてなかったのかよ!昨日の練習後に今朝練習あるって」

「自主練じゃないか」

「おまえなぁ・・・チャンスウと照美に言いつけんぞ」



顔を布団から半分だけ出して不機嫌そうに睨み上げてくるその目は、5年前と変わっていない冷たく綺麗な青緑だ。
だがしかし前のような薄暗い影は無い。

こいつも父さんによる被害者の一人だ。
今まで愛してもらえなかった分父さんから愛されようとサッカーをした。
俺が教えてやってんのにいつのまにか俺に追いついていた。

そうだ。
おひさま園に入ってきたばかりの頃の生意気な態度も、
結局あの後も俺のお気に入りの場所によく居たことも、
サッカーの上達具合も、
それなのにこうやって寝坊助でサボリ癖があるのも全部気に食わない。
なのに、


「なんでかなぁ」

「何が」

「別になんでもねぇ、ほらさっさと起きて着替えろよ」

「はぁ・・・もう・・・眠いのに」



のそのそと動き出すそいつの頬を両手のひらで掴んでぐっと上に向けて、唇を押し当てた。
暫くくっついていたけどふいに身体を押し戻されたと思ったらグシグシと袖で口を拭いていた。


「何してんだよ」

「だって汚い」

「おーそうかよ、じゃあこうしてやる」

「っ!ちょ、っと!」


拭ったばかりの唇を舐め回してそのまま舌を首から鎖骨へと移動させていくと、最初はジタバタと暴れていたがくすぐったいのかケラケラ笑い出した。


「あぁーもうベタベタ。犬じゃないんだからやめてよね」

「する?」

「しないよバカ。朝だし練習なんでしょ」

「さっきまで寝てるとか言ってたクセによ」



ジェネシスの座から脱落したこいつを引きずり上げて自分のチームに入れたのは俺。
照美からの誘いを受け、絶望していたこいつをファイアードラゴンに入れたのも俺。
嫌がるこいつをひっつかんで無理矢理ファーストキスを奪ってやってのも俺。
相談があると言って部屋に呼びつけ、そのままベットに押し倒したのも俺。



こいつのことは全部俺が見る。
多分おひさま園に入ったばかりの時のようにこいつは、チームメンバーに馴染めるか不安でいるのだ。
だからそれを解消してやるのも俺だ。

これから先もだ。ずっと、何年経っても。
俺の行く所にこいつを連れて行くし、こいつが行く所に俺は付いていく。


「ガゼル」


寝間着を脱ぎながらピクッと肩を震わせた。


「久々に聞いた」

「じゃあ涼野風介」

「なんなの急に・・・」


ハンガーからユニフォームを取ろうとする腕を掴んでそのまま後ろから抱きついた。


「おまえはこれからも俺の側にいるハメになるぞ」

「なにそれ」

「しかも一生だ。一生」

「サイアク」


そう言いながら笑って頭を擦り付けてきたこいつはガゼルで涼野風介。
俺の唯一で、最愛の人。





2011/10/10
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