凉野女体化注意





最近、晴矢の様子が変だ。
妙にソワソワしていて忙しそう。

前からいくつかのバイトを掛け持ちしていたみたいだが、ここ数週間は今まで休みにしていた土日にまでバイトを入れている。
アパートの家賃がどうこう言ってはいたけど、毎日休み無しで長時間バイトを入れるほど困ってはいない筈なのに。


そんなだから当然、この一ヶ月ぐらいはデートはおろか会うことだってままならなかった。

会っても何か少し食べて、そのままどちらかの家に行ってする。
晴矢とするのは嫌じゃない。晴矢が私のことを求めてくれているならそれはとても嬉しいと思う。
でもこんなのはセックスする為だけに会ってるみたいで、流石に嫌だった。


だから、今日は久しぶりに晴矢とゆっくり夕食がとれることになって嬉しかったのに。




ファーストフードやコンビニ続きだったから、ただのファミレスでも嬉しかった。
でも、いつもなら料理がくる間、他愛も無い話をするのに今日の晴矢はだんまりだった。
どことなくソワソワしていて、頻繁に時計や鞄の中を見ている。
私と目が合うと、なぜか逸らしてしまう。


晴矢は私のことを好きでいてくれている。そう信じているけど、こうにもなると不安になってくる。


もしかして浮気なのだろうか。


ファミレスに入る前にボソッと言っていた「今日は話したいことがあって」というのは、別れ話のことなのだろうか。

さっきまで少し苛立っていた胸の中がスーッと冷たくなり、代わりに嫌な、気持ち悪いものが流れ出した。
その途端に、「悪い、ちょっと」と晴矢はトイレに立った。


色んな想いがぐるぐる頭の中を回っていて、ふとテーブルに視線を戻すと晴矢の携帯が置かれていた。
暫くぼんやり眺めていると、つい、そんな考えが頭に浮かんでしまった。
携帯を開きながら、「あぁこの前やってたワイドショーにそんな性悪女が出てたっけ」と、自傷気味に思った。

まさかそういうテレビみたいに、自分が彼氏の携帯を覗き見する日が来るなんて思っても見なかった。
良くないとは思いながらも、好奇心と不安に負けてメールボックスを開く。


そこにはバイトの上司らしき人や、男友達、私のメール・・・
私の知らない女とのメールは無かった。

もちろんメールなんて隠そうと思えばいくらでも消せることは分かっているけど、それでもやっぱりホッとして少し体に温度が戻った気がした。

でもそれと同時に、自分がやっていることがすごく情けなくなり、慌てて元あった場所に携帯を戻した。
晴矢はきっと浮気なんてしていない。なのに少しでも疑ってこんなことしてしまったことを晴矢が知ったらどう思うんだろう。

その内に頼んでいた料理もきて、晴矢もトイレから戻って来た。

一度安心はしたもののやっぱり晴矢の態度は変で、落ち着かない様子でいたと思えば急に考え事でもしているようになり、私と目が合うと取り繕うように、これ美味いなとか言っていた。

このまま今日も終わりなのだろうか。もっと前みたいにバイト先の話とか聞きたいのに。
どんなにくだらない話でも楽しいのに。

高校や大学の時は晴矢からのデートの誘いをよく「期末テストだから」「レポートの提出期限が近いから」とかで断っていて、その度に晴矢は「真面目すぎんだよ」とか言いながら私が暇になるのを待っていた。

でも今は晴矢の暇を私が待つようになってしまった。
男友達とバカみたいな話で泣く程笑ってた晴矢はもういなくて、笑うことが少なくなった代わりに目の下に若干クマがある南雲が目の前にいる。

あぁもう私たちは子どもじゃないんだなぁと思うと、私より仕事を頑張っている晴矢に不思議な感じと、少しの寂しさを覚えた。


結局話は殆どせずにファミレスの外に出た。
しばらく歩き、近くの公園まで行くと、


「なぁホテル行かねえ?」


あさっての方向をむきながら晴矢が呟いた。
またそれか。やっぱり浮気なのか、それとも体にしか興味無くなったのか。

分かっているのにやっぱり腹が立って、ぶっきらぼうに答えた。

「今日はそういう気分じゃないから嫌だ」

「いや、違うって!やるんじゃなくて・・・言ったろ?店入る前に」

「話ならここでも良いじゃない」

「いや、その・・・それはそうだけど」


晴矢は口ごもると、気まずそうな顔をしてベンチに腰掛けた。
私の方に目配せしてくるあたり、隣に座れという意味だろうか。

素直に座ってやると1、2分ぐらいしてからごにょごにょと喋り出した。

「その、お前はさ、俺のこと好きなんだよな?」

「好きじゃない人と付き合おうとは思わないよ」

「だよな。そうだよな」


すると意を決したように鞄のなかから小さな箱を取り出した。
晴矢の汚れた鞄には似合わない、綺麗な白い、上品な箱。


それを私の前に突き出すと、

「その、さ、俺、その・・・・お前のこと、愛してるから、えっと・・・け、結婚してほしい」


代本を読みながら言ってるような、たどたどしくて拙い言葉だった。

今日はテレビで見るようなことが沢山起きる日だ。
ここは高級ホテルでもないし、今日はクリスマスでも私の誕生日でもないけど。
でも確かにその小さな箱の中で光るのは指輪だった。



私が黙っているのに焦ったのか、さっきまでの切れ切れとしたセリフはどうしたのやら、急に話し出した。

「いや、今すぐって訳じゃねーよ!まだお互いやることあるし色々忙しいし、だから婚約指輪ってことだ。もちろんこれからもっとちゃんとした仕事に就けるように頑張るし、」

言いかけたところでちょいと指輪をつまんで持ち上げた。
余計な装飾は付いていない。でも目の前でかざすとキラキラしてとても綺麗だった。

「もらってくれるのか?」

「断ると思ったの?」

そう言いながら晴矢の手元にある箱に指輪を戻す。

「付けて」

「え、」

「だから付けてよ、こうゆうのは男の人がつけてくれるものじゃないの?」


照れくさそうに晴矢は指輪を持ったが、どうやらうろ覚えらしくどの指につけるのか悩んでた。
付ける指次第で返答が変わっちゃうかもねと言うと、脅すなよと小突かれた。


「なんで左手の薬指に付けるか知ってる?」

「さあ、そーゆーシキタリみたいなもんじゃねえの?」

「それ言ったらしょうがないでしょ。あのね、左手の薬指には太い血管が通ってるんだって。だからここに指輪をつけることによって、あなたに私の心臓を預けますっていう意味になるらしいんだ。つまり信頼の証」



その後、触れるだけのキスをした。
晴矢は舌を入れようとしてきたけど公園なので阻止した。

「いいじゃねえか誰もいないし」

「だめだよ。君はエスカレートするから。キスじゃ済まなくなる。」

「じゃあホテル」

「だから今日は気分じゃないって言ってる。それにまた明日の朝もバイトなんじゃないの?」

「明日はバイト休みだって!だからさ」

「じゃあみんなに挨拶しに行かなきゃね。するのはそれからでも良いでしょ」



そう言うと晴矢はニッと笑って頷いた。
ああやっぱりコイツはまだまだお盛んで、やんちゃな子どもだ。


ふっと体の力が抜けて安心する。
薬指をそっと指でなぞって幸せを噛み締めた。





2011/09/15
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