【同棲している大学生カオス】

「ただいま」
家に誰もいなくても、玄関のドアを開けるとつい呟いてしまう。
暗い部屋に電気をつけると見慣れたアパートの一室が広がる。
南雲と二人でいると窮屈でしょうがないが、一人だと意外に広く感じるものだ。
冷蔵庫に買ってきたものを入れながら、ふとシンクに目をやると、汚れた食器が山積みになっていた。
あの馬鹿、食べたらすぐ洗えといつも言っているのに。
このまま放っておくと臭くなりそうなので、しぶしぶスポンジに洗剤を垂らす。
最近こういうことが多い気がする。本来南雲がやるべきことを私がやってやっている。
大体そういう時は本人が居なくて、帰ってきたら注意してやろうと思っているのだが忘れてしまったり疲れている彼に言うのも可哀想な気がして黙ってしまう。
これ以上甘やかすと調子に乗りそうだからな。今日はしっかり言おう。
そう心に決めながら、なんだか自分は南雲の親のようだなと思う。
もちろん私がやりたくてやっている訳じゃない。彼が子供っぽいからつい世話を焼いてしまうのだ。
子供っぽい。前にも誰かに言われた気がする。
あぁ、ヒロトだったかもしれない。あれはまだおひさま園に居た頃だ。


高校に進学すると、おひさま園の子供達は次々卒園していった。
寮制の高校へ行くものもいたが、おひさま園の援助を受けマンション等で一人暮らしをするケースが殆どだった。
しかし南雲はそれを頑に拒否していた。

「これからもこの園を頼って生きてくなんてまっぴらだ。俺は自分の金でなんとかするから援助はいらねえ」
皆、無茶を言うな、せめて高校生の時ぐらいは、と説得しようとしていたが彼はまったく耳を貸さなかった。
自分とおひさま園の関係を一刻も早く消し去りたいと思っているようだ。
気持ちは分からなくもないが、相変わらず無謀なヤツめ。
その時は第三者の視点でその程度しか考えてなかった。南雲から予想外の要求されるまでは。

「お前、俺と一緒に住まないか」
「・・・・え?」
「一人より二人の方がいいじゃん。家事とか分担できるし。ちょっと狭くなるけど家賃も光熱費も半分だろ」
「ちょ、ちょっと」

私は援助を受けるつもりだ、そう言おうとしたが南雲の目にスッと捕えられて叶わなかった。
俺と組んだんだ。最後まで付き合えよ。
そう言っているように感じた。高圧的、挑戦的。だがしかしどこか怯えているような、不安そうなその目。
エイリア学園の時と同じだった。

「俺一人じゃやっぱ無理かもしれねえけど、アンタと二人なら平気だと思うんだ。あの時も」
ふいに目をそらされる。あの時も二人なら平気だったから、ということなのだろう。
もっと私が冷静だったなら、気持ちは嬉しいがやはり大変だと南雲を諭すこともできただろう。
しかし、プライドが高く、滅多に人に頼らない彼からの真剣な提案につい首を縦に振ってしまった。



南雲は全部自分でやると言っていたがそれは流石に私が説得し、アパートの契約、敷金の支払い等は吉良瞳子にやってもらった。ヒロトも瞳子も、最後まで心配していた。

「本当に大丈夫?なんなら俺がこっそりお金送ろうか」
「ありがたいけど、そんなのバレたら晴矢がどうなるか」
「そうだね。君に被害がいっちゃうね」
困ったな、というようにヒロトはクスッと笑いながら肩をすくめた。
「晴矢をよろしくね」
「まるで親戚に子供を預ける親だな」
「そんなんだ。晴矢は子供なんだよ。子供っぽいってのはちょっと違うんだけど・・・なんだろうね。体も大きいし性格もしっかりしてきてるんだけど、まだ子供なんだ」

よく分からないような、妙に納得するような。不思議ことをヒロトは言っていた。
そうか、彼は子供か。ならば私が世話してやらないとな。
おひさま園という居場所が消えても、誰かに必要とされている。
それがどうしようもなく嬉しかった。


しかし、高校生二人で援助無しに暮らす計画は思った以上に大変で、一生懸命働いたバイト代も家賃や光熱費であっという間になくなった。
周りの仲間はそれなりに綺麗なマンションで暮らし月に何回は外食ぐらいしてるのに、私たちはぼろアパートでスーパーのタイムセールを必死にチェックしてるだなんて。
何度も嫌になってあの時軽い気持ちで南雲の提案を受け入れた私をぶん殴りたく思った。
しかもこの男、家事は分担とか言いながら3回に1回ばっくれて私がやる羽目になっている。


それなのに何故私は今でも彼のそばにいるのだろうか。
どちらかと言えばデメリットの方が多いし、今だって彼の不始末のために皿洗いだ。
噂をすればなんとやら、当の本人が帰ってきた。

「おお、ただいま。早かったんだな」
「おかえり・・・あのね、晴矢」

早速皿の件に付いて話そうと思ったが、溜息をつきながら床にへたれこむ彼の姿をみるとつい言い淀んでしまう。
私のそんな気遣いも知らずにスーパーの袋から酎ハイの缶を出して机に並べ出した。
「それ後にしろよ。お前も飲むだろ?」
「お前が溜め込んだのを洗ってるんだ。私はいらない。ミネラルウォーターにして」
また駄目だった。もういい、明日も私が洗えばいいんだろう。

食器洗いを終え、南雲のいる部屋に戻ると既に一缶空になっており、二缶目を開けようとしていた。
酔いつぶれても掃除だけはしてやらない、と思いながら机にあるコップに入ってる水を半分ほど飲み込んだ所で思わず噎せ返る。

「う、く!?ゲホッ、ふざけないでよ、水にしてって言っただろ・・・」
「たまには飲めって。お前付き合い悪りーよ」

いつの間にか水を装って酎ハイを注いでいたらしい。
元々アルコール類はそんなに得意じゃないのに、一気に、しかも空きっ腹に流し込んだせいで早くも顔が熱くなってきた。

「お前もう顔赤くなってる」

ケラケラと楽しそうに笑う南雲を睨みつけたがあまり効果は無さそうだった。
怯むどころか私に近づいて腰に手をまわすと、わき腹をすぅっと撫で上げてきた。

「ひっ!?・・・・ちょっ、とやめてよ!明日一限から授業あるんだから」
「いいじゃん別に。俺は3限だけだから楽なんだ」
「私の話聞いてるのか!」

制止の声を完全に無視して、酒で弱った私を組み敷こうとする。
そう言えば初めてコイツに抱かれたときも酔っぱらっていた気がする。
あの時はつい雰囲気で、酔った勢いだったんだと自分に言い聞かせたが、まさか習慣付いてしまうとは夢にも思っていなかった。

「あれ、抵抗しないのか」
「したって結局同じなんだろ」
「よく分かってんじゃん」

そう言いながらニヤリと口端を上げ、そのまま首筋に噛み付いてきた。
こいつは少し前までは子供のだったくせに、いつのまに私を思い通りにできるほど成長したのだろうか。

「子供のくせに・・・・」
「はぁ?」
南雲は暫くキョトンとしていたが、なんとなく意味を把握したらしく、笑いながら言った。

「安心しろよ、一生親離れしてやらねえから」



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