「…組合?」
「ああ。北米の異能者集団組織だ。今日一人、刺客を始末したが…外を歩く時は俺から離れるんじゃねぇ。絶対だ」
「…何時もそうでしょう」

抑も私は、彼のマンションかマフィアの本部内でしか一人になる事は無いのだ。今更言われずとも、一人で外を出歩いたりしない。
私がそう言うと、彼は其れもそうだと頷く。

「…それと」
「…まだ、何かあるの?」
「この前、ソファで落ち着かなさそうだっただろ。ほら、」

彼は机の上に置いてあった大きめの包みを差し出した。受け取ったクリーム色の布袋は、大きさの割に軽い。そして何だか柔らかい。

「…?」
「開けてみろよ」

ニッと笑う彼は何処か得意げだ。
シュルリと袋の飾帯(リボン)を解いた私は、彼の笑みの理由を理解した。袋の中には、ふわふわのテディベア。

「ふかふか…」

袋を床に放って、テディベアを抱き締める。こげ茶の其れは酷く抱き心地が良い。

「気に入ったか?」
「うん」

布の塊に埋めていた顔を少しだけ上げ、視線だけを彼に向ける。私が頷くと彼は満足そうに笑みを深めた。
──コンコン

「失礼します」
「どうした」

ノックされたドアから、彼の部下が入ってくる。頭を下げた部下さんに彼が問う。顔を上げた部下さんが此方を見た。

「首領がお呼びです」
「そうか。今行く」
「いえ、中原幹部ではなく…」

少し戸惑った顔で、彼の部下が言葉を切る。…此の人は最初から私を見ていた。
部下さんの云わんとしている事を理解した彼は怪訝な顔をする。眉間に皺を寄せた彼に冷や汗をかく部下さんは、更に言葉を付け足した。

「…お一人で、とのことです」
「あァ?」
「…中也さん、其の人に怒って如何するの」
「…別に、怒っちゃいねぇよ」
「顔、怖かった」

彼は否定したが、部下さんの言葉に反応した顔は威圧するには十分すぎた。その証拠に、目の前の伝言人の顔色は真っ青である。ただ伝言をしに来ただけなのに、可哀相。

「医師(せんせい)が私を呼ぶのは可笑しい? …態々ありがとうございました」

ぐ、と黙る彼を横目に私が頭を下げると、部下さんは一礼してそそくさと退室した。私も後を追うように彼の執務室を出る。廊下を歩き昇降機に乗り込んだところで、彼から貰ったテディベアを持ったままなことに気づいた。…医師は何と云うだろう。エリスちゃんは羨ましがるかもしれない。
まあいいや。
昇降機を降りてまた廊下を歩く。扉の前まで来ると両脇に立っている人たちに会釈してノックする。特に返事はないが構わずノブを引いた。室内では案の定、医師が鼻の下を伸ばしてエリスちゃんを追いかけている。

「…医師、」

私が声を掛けると二人は同時に此方を向き、ぴたりと静止した。

「雪!」
「やあ雪ちゃん」

エリスちゃんは私に突進し、医師はひらりと手を上げる。伸びていた鼻の下は戻ったが、気の抜けた笑みを浮かべている所為で威厳がない。

「雪、素敵なテディベアね」
「中也さんに貰ったの」
「エリスちゃんも欲しい!?」
「いらない」

そっぽを向いたエリスちゃんに、医師がしょんぼりした顔をする。

「…医師、ご用件は」

早く云えとばかりに冷ややかな視線を送ると、医師は笑顔のまま私に向き直った。

「特訓の調子は如何? 順調?」
「とても。銀さんとは気が合うし。立原さんも広津さんも良くしてくれる」

…まあ、首領直々の命とあっては無下には出来ないと云うのもあるのだろうけど。でも、人の伝手だけでやっていけるほど、この世界は甘くない…と、思いたい。

「広津さんが褒めてたよ。こんな才のある子がいたなんて、ってね。…さて、」

うんうんと頷いた医師の目に、鋭い光が宿る。マフィアの首領の顔だ。…やっと本題に入る気になったのか此の人は。

「…実は、異国の異能者集団がヨコハマに来ていてね」
「刺客の話なら中也さんから聞きました。注意せよとのお話でしたら、そろそろ私の耳にタコができます」
「おや、流石中也君だ。話が早くて助かるよ」

心底うんざり、と云う顔で敢えて敬語を遣うと、医師は苦笑気味に言った。私からすれば、事前に何方がその話をするのかくらい決めておいて欲しいのだけど。
しかも、それが用件だったようで、医師は再び気の抜けた笑みを浮かべる。

「これからエリスちゃんのお茶会の時間なのだけど、一緒に如何かな? 雪ちゃんの好きな苺タルトも「食べる」

少々食い気味に答えると、医師の笑みが更にだらしないものになった。

「雪ちゃんがいるとエリスちゃんも善く笑ってくれるからね」

…それが本音か、ロリコン中年。
冷ややかな視線を医師に送りチラリとエリスちゃんを見ると、彼女もまたチベスナの様な顔を溶けそうな表情の中年に向けていた。

「…エリスちゃん、中也さんも呼んでいい? 遅くなったら、きっと心配するから」
「勿論よ。その素敵なテディベアの席も用意しなきゃね!」

数分後。奇妙な面子で開かれる不思議の国のお茶会に、彼は迷い込むことになる。


     *     *     *

title by 誰花