アリスが「はあとのくいいん」に勝ち、今際の国全域に「げえむくりあ」という言葉と花火が鳴り響いた。そして、生き残った者たちに今際の国の『永住権』を取得するか放棄するかの二択が差し出される。

「オレ…は…『手にしなくていい…』かな…。君は…どうする気だい…?」
「さすがにもう…デスゲームは食傷気味だ…。『手に…なんざ…するかよ』……」
「……残ってここで死ねばいいのに…」

ニラギの選択を聞き、少女がチシヤの頭を膝に乗せたまま、呪いの言葉を吐く。ニラギは視線だけを少女に向けた。

「…おい、聞こえてるぞ…ガキ…。なんかお前…キャラ、変わってねえか…」
「まだ…オレを撃ったこと、怒ってるんだね…。…キティ、君は…ここに残るのかい…?」

眉を顰めて言うニラギに、チシヤが苦笑する。少女は、チシヤの問いに首を振った。

「…チェシャがいらないなら…私も『手にしない』…」

小さな声でそう答えて、少女はチシヤを抱きしめる。これから死ぬのかもしれないという可能性より、チシヤと離れてしまうかもしれないことの方が、少女はずっと怖かった。

「…アリス……大丈夫だよ…オレは…どこにも、行かない…」
「……うん、」

…今際の国に巨大な花火の光が降り注ぎ、白い光がすべてを飲み込んだ。


     *


…見ていた夢に何か強い感情を抱いていたはずなのに、肝心の内容が思い出せない。そんな日常にありがちなもどかしさを抱えて、少女は病室の窓を眺めていた。

「あちらの方とはお知り合いですか?」
「……?…いえ、」
「あら、そうなんですか?」

看護師が、少女の向かいのベッドで眠る青年を指す。少女が首を横に振ると、看護師は驚いた表情をした。

「お二人は、抱き合うような形で見つかったんですよ」

ふふふと笑う看護師は、首を傾げる少女を残して仕事に戻ってしまう。少女は再び窓の外へ視線を向けた。
隕石の降り注いだ東京は未だに煙があちこちから立ち上り、たくさんの建造物が倒壊したままになっている。ニュースはどの局も、崩壊した街並みと亡くなった人の名前を交互に流していた。
助かったのは奇跡に近いと、医者が言っていた。一度は心肺停止になったとも。そしてそれは、同じ部屋で眠る二人も同じらしい。

「……?……起きて、」

ベッドから降りて、少女は看護師の指していた青年に歩み寄る。眠る青年の顔を見て自分が安心したことに気づき、首を傾げて青年を揺さぶる。

「……起きて、」

青年は目を覚まさなかったが、少女は看護師に見つかるまでやめなかった。


     *


数日後。少女に大きな怪我はなかったけれど、念には念をと使用人たちに検査入院を強いられ、少女は退屈な日々を送っていた。運ばれてくる患者が多く、医者たちの手が回らないので時間がかかるらしい。

「………手伝います、」

運ばれてきた食事を食べにくそうにしているのを見かねて、少女は青年に声をかける。少女は、青年が左肩に怪我をしているのを知っていた。利き手ではないようだが、不便そうにしていることに変わりはない。

「…ありがとう。君、名前は?」
「……黒澤………亜璃珠…」
「そう。アリス…童話の女の子みたいだね♪…オレは苣屋駿太郎」
「……なら、あなたはチェシャ猫ね…」

少女は青年にそう返しながら、その名前を胸の中で繰り返す。…チシヤ。初めて聞いたはずなのに、漢字の読み方すら教えられるまで分からなかったのに、既に知っていたような気がした。
目が覚めてからこんなことばかりだと、少女は思う。

「…変なことを聞くんだけど、」

チシヤはそう前置きをして少女を見上げる。

「…オレたち、会ったことある?」
「……ナンパですか」
「やっぱり…気のせいだよね」
「……でも。起きたときにあなたを見て…何故か分からないけど、安心したの…」

苦笑して視線を落としたチシヤは、少女の言葉にゆっくりと顔を上げる。驚いた表情のチシヤの瞳に、困惑したような少女の顔が映っていた。

「…おい……イチャついてんじゃ、ねえ…」

ゲホゴホと常に咳をしている包帯男。少女の認識はその程度でしかないが、根拠のない嫌悪感だけはあった。

「……あ、音楽プレイヤー、使いますか?」
「ありがたいけど…オレをそこまで気にかけるのはどうして?」

包帯男の言葉を無視して、少女はチシヤに問う。チシヤが以前、うるさくて眠れないと言っていたのを思い出したからだ。検査入院の退屈しのぎにと使用人が持ってきたものの中に、役立ちそうなものがあったっけと荷物を漁る。

「……わからない」

チシヤの問いに手を止めた少女は、少し間を置いてからそう返し、また手を動かす。やがて見つけた音楽プレイヤーを、新品のイヤホンと共にチシヤに手渡した。

「……ここが病院でさえなければ、ミイラ男の口を塞ぐのに…」
「…君、彼の扱いが酷すぎない?初対面なんだよね?」
「……なんか、きらい…」
「冗談じゃねえ……初対面の、ガキに…ワケわかんねえ理由で…殺されて、たまるか…」
「……なんで、止まったままでいてくれなかったのかな、心臓…」

じっと見つめる少女に顔を引きつらせる包帯男。反対にチシヤは、少女のブラックジョークに吹き出した。

「……笑って大丈夫?傷…」

ジョークを言っているつもりはないらしい少女が、チシヤの傷の心配をする。大丈夫、とチシヤが少女の頭をなでると、少女はその手をそっと掴んだ。

「…ごめんね、嫌だった?」
「……ちがうの…手、繋いでて…」

チシヤが手を引こうとすると、少女はそれを引き止める。包帯男はもう何も言わなかった。空気になることにしたのかもしれない。
…退院してからもチシヤに会いに来ては甘い空気を作り出す少女に、耐えきれなくなった包帯男が部屋移動を希望するのは、もう少し後の話…。


   *   *   *

title by cosmos
今回は少しギャグっぽい