チシヤ、滞在2日目。
「だいやのろく」を「くりあ」した、翌日の夜。「げえむ」会場と思われる、明かりのついた建物から一人の少女が出てきたのを、チシヤは偶然遠目から目撃した。見た限り、12〜15歳くらいの、幼さの残る少女。運よく生き残ったのだろうと、チシヤはその時気にも留めなかった。
しかし、チシヤのその考えは大きく裏切られることになる。
…チシヤ、滞在5日目。
ドームのような大きな建物から何人もの人が出てきたのを見て、今度は協力するタイプの「げえむ」だったのか、等とチシヤは頭の片隅で考えた。何かを話しながら安堵の表情を浮かべる大人たち。それを退屈そうに見るチシヤの表情は、次の瞬間驚きに染まる。
ゆっくりと会場から遠ざかる大人たちは、一人の少女を囲むようにして歩いていた。しかも、耳を澄ませるとどういう訳か、大人は口々に少女に礼を述べている。

「…ねえ君、この前も一人で「げえむ」を「くりあ」してなかった?確か…3日くらい前に」
「……した。…「だいやのはち」…大富豪を、したの。………一人しか、生き残れなくて……私が、勝っちゃったの……」
「「だいやのはち」?頭、良いんだね。君、名前は?オレは苣屋駿太郎」
「………黒澤…亜璃珠…」

取り巻いていた大人たちがいなくなったのを見計らい、チシヤは少女に声を掛けた。少女は何かを躊躇うように言葉を発しては黙りを繰り返したが、チシヤが少女の言葉を静かに待っていると、心なしか安心したように話す。

「アリス?絵本のキャラクターみたいだね。ひらがな?」
「……亜細亜の亜と…瑠璃の璃…数珠の珠を“す”って読むの…。…あなたは、苗字がチェシャに似てる…」

チシヤが笑いかけると、少女も微笑んだ。
頭の回転が速そうな少女を、チシヤは「使えるかもしれない」と考え、その思考を悟られぬように注意を払いながら優しく接する。しかし、少女はすぐにチシヤの考えに気付いてしまった。

「…あなたは…生き残りたいの…?」
「ここにいる人は全員、そう願うと思うけど…君は違うのかい?」
「…私は……ここが好き。さっきみたいに、「げえむ」をみんなで「くりあ」出来れば…たくさんの人が、私を褒めてくれるから…」
「…じゃあ、オレが君を必要としたら、君は付いてくる?」
「…あなたが…そう望むなら、」

チシヤの考えを読み取った上で、少女はチシヤに協力すると言う。チシヤは使えそうな駒が手に入ったと考える一方で、何の見返りも求めずに従う少女を不気味に思っていた。

「よろしく、アリス♪」
「…、…」
「…どうかした?」

名前を呼ぶと、少女は微かにその表情を変える。眉間に皺を寄せ俯いた少女を不審に思ったチシヤは、その顔を覗きこんだ。

「……その名前……好きじゃないの…」

少女は、小さな声でそう言った。
もしかしたらその原因が少女をこの国に引き寄せたのかもしれないと考えたチシヤは、次の瞬間には“どうでもいい事”だと結論付け、思考を止める。

「じゃあ、“子猫ちゃん〈キティ〉”って呼ぶよ。オレのことは、チェシャって呼ぶ?」
「……うん。よろしく、チェシャ」


     *


「すぺえどのご」。…少女とチシヤが行動を共にするようになってから、何度目かの「げえむ」。
チシヤの考えを先読みしたのか、はたまた自分で考えた結果の行動か、少女が呼んだエレベーターでマンションの最上階まで上がる二人。

「…ゆーやけこーやーけーで日が暮れてー…やーまのおーてーらーの鐘がなるー♪…」
「…気に入ったの?さっきの、」
「…懐かしいなって…」

高みの見物をしている最中、少女が小さな声で口ずさんだのは、「げえむ」開始時に流れた『夕焼け小焼け』だった。チシヤは薄笑いのままの顔を、少女に向ける。少女は、マンションの下階を見下ろしたまま答えた。

「…そろそろ行こう」
「…うん」

残り1分を切った頃、二人はようやく動き出す。
「おに」がカルベを撃つべく身を乗り出した階段の踊り場に、チシヤが二度銃を発砲した。

「やっぱ素人じゃ、映画みたいに簡単には当たらないか。」
「…チェシャ、下手っぴ」
「君だって素人だろ?」
「…銃は、得意だよ」

いつもの調子で話しながらも、身を翻して走り出す二人の動きは素早い。
残り1秒とギリギリの時間で「くりあ」した後、息を切らすカルベと少しの言葉を交わし、死んだ8人からカードを回収した。

「さて…帰ろうか、キティ。」
「…うん」

「すぺえどのご」開始以降ずっと無表情だった少女は、数時間ぶりにその表情筋を使って微笑んだ。


   *   *   *

「キティ」は鏡の国のアリスに出てくる子猫。「ダイナ」はちょっと可愛くないからやめた。