アリスは驚いていた。ウサギも目を見張っている。
…まさかあのチシヤが、誰かに微笑みかけるなんて…!、と。
チシヤは冷酷な男だと、彼の本性を知っている者ならば口を揃えて言うだろう。他人を利用することに何の躊躇もなく、医療に関わっていた者としては致命的なことに人の命を何とも思わない。人を馬鹿にしたような薄笑いは、常に彼の顔に張り付いたまま剥がれない。心の中では常に人を馬鹿にし、蔑んでいる。
…そんな男が、まさに今、アリス達の目の前で、一人の少女に微笑みかけている。
その表情はいつもと変わらないように見えるが、その目には明らかに普段の冷めた色とは別の情が映っていた。

「………あなたが、アリス?」

ツチノコか何かを目撃したような顔のまま固まっているアリス達を見上げ、無表情な少女はその顔と違わぬ無機質で抑揚のない声を発する。

「…チェシャが、興味を持っているみたいだったから…ちゃんと会ってみたかったの…。…「すぺえどのご」にもいたのは知っているけれど…私は、ちゃんと顔を見られなかったし、」

チェシャ、とはチシヤのことだろうか。
興味、とはどういう意味だろう。
「すぺえどのご」?…こんな小さい少女もあの「げえむ」に参加していた…?
アリスの思考は少女の言葉を拾ってぐるぐると回り始めるが、今この場で何と言えばいいのかということについての答えは当分出そうもない。

「…いつも、チシヤと一緒にいるの?」
「…そう」

代わりに少女へ言葉を投げかけたのは、ウサギだった。少女はその視線をアリスからウサギへ移し、抑揚のない声で応える。

「いつから?」
「…初めて会ったときから」
「チシヤとは、元々知り合いだったの?」
「……こっちに来て、初めて会った」
「じゃあ何で、こんな奴と一緒にいるの?」
「…好きだから」

好き。その単語を、少女は無表情のまま口にした。そういったことには恥じらいを持ちそうな年頃に見えるが、少女にはそもそも感情があるようにすら思えない。
まるで、精巧にできたロボットのような…。

「…もしかして、何か弱みを――「キティ、そろそろ行こう」

ウサギが少し表情を硬くしながら更に質問を言いかけたのを遮り、チシヤがうんざりしたように声を掛けた。少女はゆっくりとチシヤを見上げ、無言で頷きアリス達に背を向ける。

「待って。あなた一体、その子に何を――「勘違いしないで欲しいな。オレはこの子を無理やり連れ回してるわけじゃない」

ウサギが追求しようと引き止めると、チシヤは足を止めウサギの言葉を先回りして答えた。
少女は足を止めたチシヤに不思議そうな目を向けたあと、アリス達を振り返る。

「……あなた達から見れば…チェシャが悪い人なの、知ってる。でもそれは…私には、関係ない。…もしあなた達に、チェシャと私を引き離そうという考えが、少しでもあるのなら…それはただの迷惑。…あなた達の価値観を、私に押し付けないで」

顔は無表情のままであるのに対し、少女の声はアリス達に対する敵意を滲ませていた。

「でも…その男はいつか、あなたを利用して捨てるかもしれないのよ?」
「…それが、私の望み」

まさか少女に敵意を向けられるとは夢にも思っていなかったウサギは、動揺を隠しきれずにいる。それでも何とか開いた口は、少女の言葉により完全に閉ざされてしまった。

「……チェシャ、お腹…すいた…」
「だね♪…行こうか、キティ」

再びアリス達に背を向けて歩き出した二人。ウサギにもアリスにも、もう二人を引き止める言葉は見つからない。
ふと、少女は何かを思い出したように足を止めて振り返った。

「…またね、」

友達に別れを告げるような軽い口調で、少女はそう告げ手を振った。
銃声と悲鳴の響く「まじょがり」の最中のホテル内で、少女の無表情な顔はアリス達の目に、酷く不気味に映った。


   *   *   *

タイトルはお題botより。
時間軸的には、アグニに会う前くらい…。