僕らのイーブン

茨戸で刺青人皮を手に入れたあと、尾形と鈴は土方たちに同行することを許され、永倉の持つ家へと案内された。道中、共に行動している牛山と家永について少しだけ説明を受ける。

「家永も牛山も刺青の囚人だ。家永は医者の真似事をする。同物同治とかいうものに入れ込んで、気に入った部位をもつ人間を襲うから気をつけろ。牛山は誰彼構わず殴りかかるような男ではないが、性欲が強すぎる。定期的に女を抱かねば情緒が不安定になるほどだ」
「…どっちも危険人物じゃねえか」
「だから言っておるのだ。…くれぐれも用心するのだぞ、お嬢さん」

顔をしかめる尾形の後ろを歩く鈴を振り返って、土方がにぃと笑った。
家永と牛山に関しての説明は、尾形ではなく自分に向けたものだったらしいと鈴は今になってようやく気づく。女は自分だけだからか、亡霊と呼ぶには元気すぎるこの男は、彼なりに気をつかったらしい。

「…おい、俺から離れるなよ」

しかめっ面で鈴を振り向いた尾形に頷いてみせると、そんなふたりを土方と永倉が「若いな」「若いですな」と笑い合った。



鈴と尾形は、家に着くなり療養中の家永の姿に多少なりとも驚いた。声も顔も、まるで女のようだったからだ。
疲れただろう、服は洗うからとりあえず風呂にでも入れと浴室へ放り込まれた鈴。着替えなんか持っていないと断る暇も、先に家主をと言う余裕もなかった。我に返ったのは服を剥ぎ取られ浴室に取り残されたあとで、時すでに遅し。いっそ早く出てしまおうと気持ちを切り替えたところで、戸の向こうからひとつの足音がした。

「…尾形さん?」
「なんだ」
「そこにいる?」
「ああ」

戸の向こうで、尾形が居座る気配がする。ぴたりと戸に頭をつけて声をかけると、すぐそばから返事が聞こえた。

「じいさんが、気にせずゆっくり温まってこいとよ」

早く出ようと思ったのを見抜かれたのだろうか、尾形がそんなことを言う。
釘を刺されてしまったと思いながら、鈴は言われたとおりにきちんと温まってから出ることにした。
用意された食事を食べ、火鉢のそばで温まる尾形と背を付け合うようにして膝を抱えていた鈴に、永倉が「お嬢さん」と声をかけた。女性だから一人部屋のほうがいいだろうという話だった。鈴が首を横に振ると、「しかし…」と永倉が少し渋い顔をする。

「こいつにそんな気遣いはいらん。余計な気をまわすな」

鈴の後ろでやり取りを聞いていた尾形が、首だけで振り返り永倉に言った。
風呂に入るついでに引き剥がされた軍服の代わりに着ている尾形の着流しの裾を、鈴はきゅ、と握る。
結局、鈴と尾形は同じ部屋で寝るということで話がまとまると、部屋の用意をしに永倉はその場を離れた。

「…お嬢さんは火鉢のそばに行かないのかね」

立ち去った永倉と入れ替わるようにしてやってきた土方は、火鉢に対して尾形を盾にしているようにも見える鈴にそんなことを言う。じっと覗き込んでくる皺だらけを顔を見上げて、鈴はゆるゆると首を振った。

「…あついの、きらい」
「猫にも個体差がありますからな」

戻ってきた永倉が部屋の入口に立っていた。

「お嬢さんは寒さより暑さに弱いのか…」
「あんたら、俺たちをなんだと思ってやがる」

納得したように頷いた土方と永倉を、尾形がぎ、と睨みつけた。



「……鈴」

用意された部屋に、布団は二組敷かれていた。尾形と鈴、二人いるのだから当たり前である。けれど尾形は、不満そうに鈴を呼んだ。
つ、と視線を尾形に向けた鈴を、黒く丸い目がじっと見つめ返す。名前を呼んだきり、尾形は鈴に何も言わなかった。いつものことである。代わりに目で訴えるのが尾形の常であったし、鈴もそれに慣れているため尾形が何を求めているのかに気づくのは他人よりも早い。
のそのそと布団から這い出た鈴は掛け布団だけを引きずって、未だにじっと見つめてくる尾形の布団に潜り込んだ。尾形に背を向けて丸くなった鈴を、抱え込むようにして尾形がその腹部に手を回す。元々は、野宿することが多い中で互いに暖を取るために始めたことだった。それがいつの間にか癖になり、こうして屋内で寝るときでも寄り添って眠るようになった。
尾形が、鈴の引きずってきた掛け布団を引き寄せる。二人の身体を隙間なく布団が覆うように調節すると、尾形は鈴を抱えなおした。
背後で尾形の呼吸が深くゆっくりとしたものになるのを確認して、鈴は目を閉じた。

* * *

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