罅はめぐりゆく

ぱあん、と拳銃を撃つ音が辺り一帯の空気を震わせた。それに驚いた小鳥たちが一斉に飛び立つ。銃弾は何かを射抜くことなく、ただその音で獲物を追い払っただけだった。

「相変わらず下手だな」

ははッと笑う尾形に何か言葉を返すでもなく、無表情のまま鈴は懐から出した短刀を飛びかけていた鳥に向かって投げつけた。ヤマシギだった。首元に短刀の刺さったヤマシギはぐったりと地に伏している。鈴は茂みから出てヤマシギを掴むと、短刀を抜いてから尾形に差し出す。その顔は無表情のままだったが、どこかむっとしているように見えた。

「そう拗ねるな」
「……拗ねてない」

そうは言ったものの、尾形がヤマシギを受けとるとぷいとそっぽを向いてしまったあたり、やはり拗ねているらしい。
短刀についた血を拭ってから、今度はしゃがみこんで野草を探している。もう狩りをする気はないようだった。そもそも狩りは銃を得意とする尾形の方が圧倒的に効率がよく、鈴がやる必要はない。それを、尾形が気まぐれに「やってみろ」と言ったのだ。
鈴は尾形の言うことには絶対に逆らわない。たとえそれが非効率的であったとしても、不合理であったとしても、非人道的であったとしても。だから、不得手とする狩りを命じられても文句は言わなかった。

「…間違っても毒草は採るなよ」
「一応、見分けはつく」
「どうだか」

ふんと鼻で笑った尾形の手に、今度は野草を握らせる。「行こう」尾形の両の手に色々と持たせておきながら、鈴は何一つ持つことなく尾形の腕を引いた。



「よく見分けられたな、鈴」

鈴が採った野草を見てアシリパが目を輝かせる。鈴はその言葉通り、ちゃんと見分けられていたらしい。一方の杉元は野草と毒草の両方を採ってきたらしく、アシリパに見分け方を再び伝授されていた。
杉元が嫌いな鈴は野草の束をアシリパに渡してそそくさと尾形のそばへ寄ってくる。ちょうど杉元の位置から見て陰になるように尾形のそばで腰を下ろした鈴に、黒い双眸が向けられた。

「……?」

視線に気づいた鈴が何か用かと首を傾げるも、尾形は何も言わずに髪をかき上げ満足そうににやりと笑う。

「尾形! 鈴! 手伝え!」
「!」

アシリパの呼ぶ声に気を取られそちらを向いた鈴に、もう尾形の視線の意図を探る気はなかった。
鍋を囲むように座るアシリパたちの中で、杉元からいちばん離れた位置を選ぶ鈴。その鈴の隣に、当然のように尾形が腰を下ろす。

「お前たちは本当に仲がいいな」

微笑ましげに鈴と尾形を見るアシリパの横で、牛山が頷く。
その言葉に答えるでもなく、意識すら向けていない様子の鈴は、火をつける前の鍋から葉を取り出し地面に落とし始めた。

「…何してんだ」
「……これ、食べれないやつ」
「あっ! 杉元! また間違えたな!?」
「えっ! ごめんアシリパさん!」

さすがに行儀が悪いと咎める声を出した尾形に、小さな声で鈴が答える。
びしゃびしゃと落とされる葉の形は、よく見ると毒草のもので、それに気づいたアシリパが杉元を振り向いた。

「おいおい…俺たちを毒殺するつもりか? わからないなら手を出すな一等卒」
「お前だって見分けられないだろ!」
「俺はよく分からんまま手を出したりするほど馬鹿じゃない」

勘弁してくれと肩を竦めた尾形に、杉元が食って掛かる。死に至るほど猛毒というわけではないため毒殺というのは言いすぎだが、毒草であることに変わりはない。
自分に非があるのは分かっているものの、小馬鹿にするような尾形の態度に腹が立って、杉元が掴みかかろうとする。しかし、冷めた目をする尾形と腰を浮かせた杉元の間に、鈴が割って入った。

「……尾形さんに、近づかないで…」

ゆらり、と暗い闇を映した目で、鈴は杉元を睨みつける。
そこに宿る明確な殺気に、杉元は思わず息を飲んだ。

「やめろ杉元。鈴、気づいてくれて助かった」

アシリパが制止をかけると杉元は大人しく元の位置に戻っていく。
にこりと微笑んだアシリパに頭を下げて礼を言われ、鈴はその目に少しだけ穏やかな色を映した。



* * *

罅、日々、ひび。

[ 2/6 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]