アイルクライ ※

薄暗い室内に、水音が響く。
圧し殺される呻き声と複数の吐息がひどく恐ろしかった。
耳を塞ぎたくとも両腕の拘束によってそれはかなわない。
ぼろぼろと涙を流す鈴を、尾形の黒々とした目が捉えた。

「……ッ鈴…ぐッ……目…ッ閉じて、ろ…」

尾形が圧し殺した呻き声の合間から出した指示に、鈴はおとなしく目を閉じる。下ろされた瞼によって溜まっていた涙が押し出された。
それを見た男たちは尾形を嬲る腰や手を止めないまま、舌打ちをした。

「余計なことッ、言わんで、くださいよ」
「ッ見られている方が…興奮する、でしょう?」

男たちが嘲笑しても貶しても尾形はもう何も言わず、髪を掴まれても鈴は目を開けなかった。
閉じた視界の代わりに、耳が室内のありさまを鮮明に伝えてくる。
尾形の呻き声、男たちの吐息、水音と肉のぶつかり合う音、鈴自身の嗚咽。
やがて、汗と埃のにおいが充満する湿った空気の中に生臭さが混じり始めた。男たちの吐息が、短く切るようなものから長く吐き出すようなものへと変わる。
終わったのだと、鈴は思った。
ようやく彼は解放されるのだと。

「……鈴…まだだ。まだ、開けるなよ…」

ぴくりと震えた鈴の瞼を見て、尾形が呼吸を整えながら言った。鈴は開きかけた目を固く閉じ、震えながら何度も頷く。
再び尾形を嬲る男たちが動き出す気配がした。



「…ごめんなさい……ごめんなさい……」

すすり泣く小さな声が、空気を震わせる。
拘束が解かれ男たちが部屋を去ったあと、鈴はぐったりと床に横たわる尾形に歩み寄った。懐から見るからに高級そうな──鶴見から与えられたものである──手巾を取り出し、他人の体液にまみれた尾形の身体を拭う。
尾形は気怠そうに視線を投げ、いまだにぼたぼたとこぼれ落ちる鈴の涙に手を伸ばし「ははッ」と力なく笑った。

「…よくそんなに泣けるな」
「だって、尾形さんが…」

わたしのせいで、と囁くような声量で呟く鈴に、やれやれと尾形がため息をついた。

「構わんと言っただろう。慣れてる」
「でも…でも…」

尾形の言葉に嘘はなかった。
男所帯の軍の中では別に珍しいことではなく、尾形も例外ではない。
ただ、鈴には"そういうこと"への耐性がまったくなかった。
気を許せる人間など誰一人いない軍の中で、唯一心を開きかけていた男が、凌辱されようとしていた自分の代わりに兵たちに嬲られた。その事実だけが鈴の中に深い傷を作った。
今朝までは年頃の少女然としていた目に、もう光はない。暗くどんよりとした双眸で尾形を見つめるのみだった。

「行くぞ。鶴見中尉に怪しまれる」

散らばっていた服を着直し身なりを整えた尾形が、いまだに座り込んで泣き続ける鈴に手を差し出す。

「その涙と鼻水まみれの汚ねえ顔をなんとかしろ」

尾形を見上げた鈴はごしごしと服の袖で顔を拭って、差し出された手を握った。



* * *

I'll cry

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