東京喰種 | ナノ
がちゃりと扉の開く音がして、小走りで店の入口へ向かったサラは、扉の前に立ったままの人物を見てギョッとした。

「ウタさん、傘持ってなかったの?」
「うん。ねこ拾った」

ウタの髪からは水が滴り落ち、着ている服はぴたりと体に張り付いている。
そしてその右腕には、凭れかかるように黒猫が乗っていた。
ウタはびしょ濡れのことなど全く気にしていない様子で、抱えている黒猫へ視線を向ける。

「ちょっと待ってて、タオル持ってくる」
「うん」
「あ、お風呂の準備もしてくるね」
「うん、ありがとう」

…ウタの拾ってきた猫は、雨で体温を奪われ弱っていたが、温めたり餌をやったりとサラが世話をしているうちに元気になった。

「ウタさん、この子、どうするの?」
「んー…サラちゃんの好きにしていいよ」

作業をしている手元に意識を向けたまま、返事をするウタ。
サラは、腕の中で大人しく抱かれている黒猫に目をやった。

「…お前は私と同じだね」

頭を撫でてやると、黒猫はサラを一瞥して目を閉じる。
サラは猫を撫でながら、在りし日の記憶に思いを馳せた。


   *   *   *   *   *


外に出れば一瞬で全身がずぶ濡れになるような豪雨の中、一人佇む少女の姿。
人通りが全くと言っていいほどない路地裏の片隅で、彼女は何かに怯えるように蹲り体を震わせていた。

「…どうしたの」
「!!」

突然、抑揚のない声で話し掛けられた少女は、血走った目で声のした方へ顔を向ける。
立っていたのは、人間のヤクザのような恰好をした男だった。
治安の悪いこの地区では、そんな人間がいても全く珍しくなどないが、その男が人間ではないことを少女は瞬時に把握した。
下から覗く、サングラスの奥の瞳が紅かったから。

「……ぼくはウタ。4区を仕切ってるんだ。この辺で時々大量に喰種が死ぬって聞いたんだけど…きみの仕業?」
「っ!」

咄嗟に、新しい敵だと思った。
今まで殺してきた奴らの親玉が、復讐しに来たのだと。
足には自信があったので、逃げ切れると思っていたが甘かった。
ほんの二、三歩走り出したところで、いとも簡単に捕まってしまったのだ。
もしかしたら、逃げると予想されていたのかもしれない。
殺される、そう思った。

「逃げないで。別に、きみのことを殺そうとか思ってるわけじゃないから。
きみが今まで殺してきたのは、どれも問題ばかり起こしていた馬鹿な喰種ばかりだ。ぼくはあいつらと仲間でも何でもないし、むしろぼくも始末しようと思ってたんだ」
「…なら、放してください……」
「はい」

パッと離された手に呆気にとられつつも、体勢を整えて身構える。
金髪にピアスという出で立ちの男は、その恰好に似合わず穏やかな声で少女に語りかけた。

「ねえ、名前は?仲間になってくれたら嬉しいなあ。きみ、強いでしょ。あんまりきみみたいな喰種を放っておきたくないんだ」
「……なか、ま…?」
「そう。さっきも言ったけど、ぼくは4区の仕切りをしてる。みんなはぼくをリーダーって呼んでる。行こう。いつまでもこんな土砂降りの中にいたら、体が冷えちゃうよ」

嘘を吐いているようには、見えなかった。
差し出された手は、少女にとって久しぶりの生きた温もりだった。


   *   *   *   *   *

敵も味方も分からずに襲って来る奴をただ殺し続けていたサラを仲間として迎え、喰種社会のルールや生き方を教えてくれたのはウタだった。
ウタがリーダーをやめた時、呼び方こそ変えさせたもののサラの中のリーダーは未だに変わらない。

「…ウタさん、この子飼っていい?」
「いいよ」

あの日もウタさんは傘を差していなかった、とサラは心の中で呟く。
自分と同じように冷たい雨に濡れていたのに、その手はとても温かかった、と。

「……れいん、」
「うん?」
「この子の名前、れいん」
「…雨?」
「うん」

ウタはずっと作業をする手を休めず、器用にサラとの会話もしている。
れいん、と命名された黒猫は自分に名前が付けられたことを知ってか知らずか、にゃあと一声鳴いた。


   *   *   *   *   *


すーすーと、ベッドの上で丸くなり寝息を立てるサラ。

「遊び疲れたの?」

ベッドに腰掛け、サラの髪を撫でるように梳くウタの表情は優しい。
ウタは出来るだけサラの傍にいようとしてるが、どうしてもサラを一人にしなければならない――たとえば、ピエロの活動をする時の遊び相手として、あの猫を拾ってきたのだ。
猫はウタの思っていた以上に賢く、自分の役目を理解しているらしかった。

「…サラ…いつになったら、ぼくの気持ちに気付いてくれるの…?」

昔のまま、無邪気なサラ。
リーダーをしていた頃と変わらない彼女との距離感を、ウタはもどかしく思っていた。
女心はやはり女性に聞くのが一番かも知れない。
ウタは腐れ縁の情報屋のバーにでも行ってみようかと立ち上がる。

「…サラのこと、よろしくね」

寝室の扉の前で番犬の様に寝そべったまま動かない黒猫。
声をかけると、「まかせろ」とでも言うようにウタを見つめて尻尾を揺らした。


     *     *     *

かなり前に書いたものを上げ忘れてました。



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