東京喰種 | ナノ
※どこにも連れ出してくれなくていい。 の続きです


ウタさんは時々、不安そうな顔をする。
悲しそうな顔も、たまにする。
私を閉じ込めているせいなのかな。私は自らこうなることを受け入れたのに。
ウタさんが悲しそうな顔をすると、私も悲しい。
きっと、私が何を言ってもウタさんの不安を拭い去ることは出来ないと思う。
言葉は、無力だから。

「…紗薇、」
「!…なに、ウタさん」
「そんなに見られると、少し照れるんだけど……見てるの、楽しい?」
「うん」

ウタさんは約束通り、道具を持って帰ってきて、マスクを作る工程を見せてくれた。
タトゥーに彩られた手がどんな美しいものを生み出すのかと、想像するだけでどきどきする。
…こうやって、同じ空間にいられるだけでいいのに、どうしてウタさんに伝わらないのかな。
私は、ウタさんの側から離れるつもりなんて、全くないのに。

「紗薇は何が好き?」
「?………ウタさん」
「ぼく?」
「うん。ウタさんのコーヒーも、ウタさんのくれたぬいぐるみも」

抱えていたクマのぬいぐるみを強く抱き締めた。

「…んー…嬉しいけど、何か違うような…」
「?」

作業の手を止めたウタさん。
首を傾げる私に、両腕を差し出してきた。
これは“抱っこ”の合図。
テーブルを挟んで座っていた私は、ウタさんの隣に移動する。
ウタさんは私の持っていたぬいぐるみを取り上げ、「邪魔」とばかりに脇に置くと、私を自分の膝に乗せた。

「じゃあ、好きな花は?」
「…ない」
「好きな形とか?」
「……なにも……でも、ウタさんのタトゥーの模様は好き」
「ぼくのタトゥー?場所によって違うけど、どれが好きとかある?」
「ぜんぶ好き」

首を横に振る。
何だか今日は、変なことばっかり聞かれる。
…少し…ほんの少しだけ、“あの日”みたいな気分になる。


   *   *   *   *   *


「ぐあッ…」

ぐちゃ、べしゃ、とまた一人、人間がただの肉塊へ変わっていく。
これが人間でなく喰種のときもあるけれど。
…いつも一人。
父と母は殺されてしまった。
強かった父も、優しかった母も、もういない。

「…ひっ…く……」

そして、向かってくる者が一人もいなくなった頃、私は血だまりの中で泣く。
父が戦い方を教えてくれたのと、何度も戦わなければならない場面に遭遇したのとで、戦闘には(食事にも)困らなかった。
でも。
仲間と呼べるようなものは無かった。
いつも一人…だった。

「…どうして泣いてるの?」
「!」

目の前に、奇抜な姿の男の人がいた。
私の視線に合わせるようにしゃがんで、じっと不思議そうに、サングラスに隠された目で見上げてくる。

「ずっと見てたけど、きみ強いね。
ほとんど赫子しか動いてなかったけど。傷ひとつ負ってないでしょ。
どこに住んでるの?名前は?」
「………」

一方的に喋っていたと思ったら質問攻めにされ、何と言えばいいのか分からなくて俯いた。

「ぼくはハトでも、その辺のバカな喰種でもないから、きみを襲ったりしないよ。できれば、その綺麗な目を見せて欲しいな」
「…」

ちら、と男の人がサングラスをずらして目を覗かせる。現れた紅い目と視線を合わせると、男の人はニコリと笑った。

「………私、」
「うん」
「……紗薇…。家は、壊されて……今は、何処にも住んでない…」
「そっか」
「……お父さんも、お母さんも……殺されて…。…だから、寂しい」
「…話してくれてありがとう。ねえ、寂しいならぼくが傍にいてあげる。きみは何が欲しい?家族?友達?恋人?仲間?
…紗薇ちゃん、ぼくがきみを一人にさせない。だから、もう泣かないで?」

…どうして、初めて会ったばかりなのに、そんなことを言うのだろうと思った。
でも。
手を差し伸べられたことが、どうしようもなく嬉しかった。


   *   *   *   *   *


…ウタさんが、帰ってこない。
いつものように、お店に行って、それきり。
何も変わらない「行ってきます」を、最後に聞いたのは…何日前…?
“仕事”なのかもしれないと、最初は思った。
でも、今までこんなに遅くなったことなんて無くて、3日を過ぎたころから私は、日にちを数えるのを止めた。
…寂しい。

       どうして帰ってこないの?

   ウタさん。

       どこにいるの?

早く帰ってきて。

         寂しいよ。

    私のことが嫌いになった?

 もう一度でもいい。

  さよならを言うのでもいいから。

        会いたいよ。

     ウタさん。

…もしかして。

       殺されてしまったの?

   一人にしないと言ったのに。

     私を置いていってしまったの?

ウタさん。

 一人は、寂しいよ。

      死んだら、また会える…?

   生きていても。

       会えないのなら…


「…かはっ……ぁ……ウタ、さん……ひっく……はっ……けほ、」

自分で自分を貫くと、辛うじて形を作っていた赫子はすぐに崩壊した。
傷の所為か泣いている所為か、息が苦しい。
…ずっと一緒にいたかった。
それだけ、だったのに…。


     *     *     *

もう少し続きます。



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