東京喰種 | ナノ
ウタさん、おかえりなさ……」
「ただいま、サラちゃん」

ぽんと頭に乗せられた手。
その身体からふわりと香る匂いに、顔をしかめる。

「ウタさん…怪我したでしょ」
「やっぱり鼻いいね、サラちゃん。バレちゃった」

服、着替えたんだけどな。
苦笑する彼には構わず、スンスンと匂いを嗅ぐ。
身長差は背伸びだけでは埋まらないので、されるがままのウタさんの手を引いて、ベッドルームへ連れて行き押し倒した。

「サラちゃん、積極的だね。期待して良いの?」

ウタさんの服を捲り上げると、おどけた口調で嬉しそうにその紅い目を細める。

「……お腹と……え、顔もやられたんですか。…白鳩がいる以上、多少の怪我は仕方ないし、ウタさんが強いのは知ってます。でも…心配するこっちの身にもなってください…」

ピエロの活動として、人間オークションを主催しているウタさん。
リスクのあることは分かっているけれど、こうして自分の血の匂いを纏って帰って来られると、どうしようもなく不安になる。
見た目は綺麗でも、幽かに血の匂いのするそこに顔を埋めた。

「…ごめんね、サラちゃん。でも、顔見知りの白鳩と少し遊んで来ただけだから。そんな顔しないで?」
「…ウタさん…」

ゆっくりと頭を撫でる手にすり寄り、おいでと促され隣に寝そべる。
ウタさんの首に手を回して再びすり寄ると、彼はくすぐったそうに笑った。

「サラちゃんは、ぼくのこと好き?」
「好き。大好き」

ぐりぐりと頭をこすりつけながら答えると、ひたりと頬に手を添えられる。

「じゃあ、ぼくが死んだらどうする?」
「え、」
「わあ。そんな一気に泣きそうな顔しないでよ。冗談だから」

ごめんごめん。と私の頭を撫でたウタさんは、「シャワー浴びてくる。血の匂いしたままじゃ、サラちゃん安心して眠れないでしょ?」と部屋を出ていった。
ベッドで一人、横になったまま考える。
ウタさんが、死んじゃったら。
きっと、すごく悲しい。
ウタさんの枕を抱き締めながら、思う。
きっと、生きていけない。
ウタさんの匂いが少しずつ消えていくこの場所で、気が狂いそうなくらい悲しい気持ちになりながら、ウタさんのことを思い出して。…そんなのは、絶対に嫌だ。

「…あれ、サラちゃん寝ちゃった?」
「!、」
「あ、起きてた?」
「…ウタ、さん」

質問には答えず、部屋に戻って来たウタさんに手を伸ばす。
ウタさんは私を抱き上げ、腕に閉じ込めたままベッドへ身を任せた。

「…ウタさんが死んじゃったら、」
「うん?」
「私も死にます」
「ああ、さっきの。まだ考えてたの」
「ウタさんを殺したのが、白鳩でも喰種でも。全員殺して、ウタさんの所に戻って来て、ウタさんの側で死にます」
「ぼくが負けた人に、サラは勝てる?」
「…死んでも、構わないから。傷だらけになってでも、全員殺して、ウタさんの元に戻ってきます」
「…そっか。ありがとう、サラ。もういいから、そんなに泣かないで。目、腫れちゃうよ」

ぽろぽろと私の目から落ちる滴を掬って、ウタさんは私を抱き締める腕の力を強める。

「泣かないで、サラ。ゆっくり息を吐いて、ぼくの心臓の音を聞いて」

…いつの間に、呼び方が変わっていたのだろう。
ウタさんにゆっくりとしたリズムで背中を撫でられながら、重たくなってくる瞼に従うことにした。


   *   *   *   *   *


静かに呼吸をするようになったサラに、ウタはそっと腕の中を覗き込む。

「おやすみ、サラちゃん」

サラが眠ったことを確認して、その額に優しく口付けた。

「…ぼくの側で、ね…。それも素敵だけど…君を殺すのは、ぼくだよ。他のやつに、君を傷つけさせたりしない。サラは、ぼくのものだよ」

…ウタの紅い目が、ゆっくりと弧を描いた。


     *     *     *

ウタさんは狂愛っぽいのが似合うと思っている。



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