高い建物の一番上に、その人はいた。
「あなたがカラスさん?」
「………俺はそんな名前じゃない」
「だって、みんなそう呼んでるから。わたし、あなたに会ってみたかったの。でも、ウタさんがダメって」
「………」
私はウタさんの目を盗んでこっそり住んでいる所を抜け出して、噂のカラスさんを探していた。
ウタさんは、絶対に私とカラスさんを会わせようとはしなかった。
周りの人が皆カラスさんのことを知っているのに、自分だけカラスさんを見たことが無くて、仲間外れにされているみたいで悔しかった。
「カラスさん、なまえ、なんていうの?わたしはサラ」
「………蓮示…」
「れんじさん?…なんでれんじさんは、なかまをころすの?」
ウタさんは、カラスくんに近づいたらサラもころされちゃうよって言ってた。あぶないから近づかないでねって。
でも、隣に座って話している私に、カラスさん改め蓮示さんは、攻撃するどころか敵意すら感じない。
「…俺は、強くなりたい。だから、喰べる。人も、喰種も」
「…ぐーるを食べたら、つよくなるの?」
「……そうだ」
「………そっか」
ウタさんは教えてくれなかったこと。
ずっと疑問だったこと。
「れんじさんは、なんでつよくなりたいの?」
「……」
「…わたしね、つよいって、言われたの。ウタさんに、サラはつよいから、なかまにしてあげるって。でも、サラはじぶんのこと、よわいと思うの」
「……あの変な眼鏡のヤツが認めるなら、お前は強いんじゃないのか」
蓮示さんは、その時初めて私の方を見た。
かなりの身長差は、座っていてもそれなりに開いたままで、私は蓮示さんを見上げなければならなかった。
「んー……サラはね、いくらケンカがつよくても、だいじな人を守れなかったら、それはよわいのと同じだと思う。…サラは、お兄ちゃんを守れなかったから…」
「…兄がいたのか…。人間に殺されたのか?」
「ううん、ぐーる」
少しだけ驚いた表情を、蓮示さんは私に向けるその顔に浮かべた。
目に、今までなかった感情が込められているのが分かる。
「…俺も姉さんを殺された。だから…強くなって姉さんを殺した奴を殺したいんだ」
「…ふくしゅう…?」
「…そうだ。……お前は、兄を殺したやつが憎いとは思わないのか?」
「…にくい…?…サラは、お兄ちゃんがしんだとき、すごく悲しかったよ。たくさん泣いたし、なんかいもお兄ちゃんを思いだした。…でも、ウタさんが言ったの。『ぼくが代わりにサラのお兄ちゃんになってあげる』って」
「………」
「お兄ちゃんをころしたぐーるはね、ウタさんがころして、そのあたまをもって来てくれた。…もうすてちゃったけど」
「………アイツが、お前の代わりに仇を取ってくれたのか」
「…かたき?」
蓮示さんが静かに視線を落としたその時、私はすごく嫌な予感がした。
「…れんじさん!かくれさせてっ」
「…?」
訝しむ蓮示さんそっちのけで、その大きな背中の陰に隠れる。
その数秒後、感じ取っていた気配はすぐ目の前に来ていた。
金色のかき上げられた髪といつも真っ黒な目。
いつもは見かけ倒しで優しいのに、今だけはその見た目にふさわしい威圧的なオーラを放っていた。
「げっ…ウタさん…」
「…サラ、それで隠れたつもりだった?……ぼく、何回も言ったよね、カラスくんに近づいちゃダメって。なのに、どうしてサラは今、そのカラスくんとくっついてるの…?」
…今日ほど、ウタさんの紅い目を怖いと思ったことはない。多分、今夜はこの目が夢に出て来て眠れないと思う。
「きみと話したいこともあるけど、また今度ね、カラスくん」
「カラスじゃないよ、れんじさん!」
「…サラ…今すぐその口を閉じるのと、人間の食べ物を口に詰め込まれるの、どっちがいい?」
「Σ!!」
ウタさんが笑顔のまま恐ろしいことを言うので、私は慌てて自分の口を両手でふさぐ。
ウタさんは更ににっこりして、「帰ったらお説教ね」と言った。
「………おい、あまりその子を苛めるな。兄を失って、寂しいんだろう」
私とウタさんのやりとりを見ていた蓮示さんが、同情するようにこっちを見る。
ウタさんは蓮示さんの言葉にピクリと反応して、眉をひそめた。
「…サラ…カラスくんにどこまで話したの」
喋っていいから言ってごらん、とウタさんは言ったけど、言ったらもっと怖いことになるのが目に見えていたので、私は口を開きたくなかった。
すると代わりに何故か、蓮示さんが答える。
「…その子の兄が喰種に殺されて、お前がその喰種を殺したと」
「………」
…言っちゃった…。
「…サラ………お説教だけじゃ、足りないみたいだね。お仕置きは何がいいか、選ばせてあげる」
「Σ!?」
ウタさんは、色んな意味で“さいきょう”です。
* * *
続きます。
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