東京喰種 | ナノ
「わあ、すごーい!これ全部、ウタさんが作ったの?」
「そうだよ」
「いいなー素敵だなー」
「サラにもいつか、作ってあげるよ」
「本当!?約束だよ、ウタさん!」

…あの約束から、もうどのくらい経ってしまったのだろう。そもそもあんな口約束は、約束した内に入らないかもしれない。あんな、子どもとの約束、ウタさんだってもう覚えてないだろうし。
私が4区にいたのは、10代の前半までだった。当時4区のリーダーをしていたウタさんは、身内のいない私にとても優しくしてくれた。彼が仲間に作ったというマスクの数々を見て興奮した私に、ウタさんが微笑んでいたのをよく覚えている。
…なんで、こんなことを今さら思いだすのだろう。
私は今、人間社会の中でヒトとして生きているのに。
4区から出た私は、高校・大学と進学し、OLというものになっていた。4区での生活は、今ではすっかり思い出の中のものになってしまっている。
…それなのに、どうして。

   コツ、コツ

黒のハイヒールは歩きなれない。
人間の女性たちは高いハイヒールの靴や見た目重視の服を好むけれど、スニーカーにデニムとパーカーというスタイルが一番良いと思うのは、やはり私が喰種で狩りをすることを中心に考えてしまうからだろうか。

   …コツコツコツ

「…」

…ウタさん、懐かしいな。
4区での生活は、危険も多かったけれど楽しかった。
ウタさんはあまり良い顔をしなかったけれど、私は皆と一緒に白鳩や他の喰種を狩るのが好きだった。

   …コツコツコツコツ

…さっきからずっと昔のことばかり思い出すのは、もしかしたらあの頃に戻りたいからなのかもしれない。
何だかんだで、私が危ない目に遭うとすぐに駆けつけてくれたウタさん。
…ああ、やっぱり、死ぬのは怖いよ、ウタさん。

   …ダッ

「「!!」」
「逃げた!」
「追うぞ!」
「…ッはあ…はあ…」

なんで、白鳩に目を付けられてしまったの?狩る量も場所も、出来るだけ目立たないようにしていたのに。

「…っ」

喰種もやっぱり、年を取ると体力が落ちるのね。昔はこれくらい何ともなかった。むしろ、こんな状況ならスリルを楽しんですらいたのに。
…もう、だめ…。
会社を出てからずっと、付けられていた。いや、もしかすると、もっと前から見られていたのかもしれない。とにかく、気付いた時にはもう遅かった。
もう、逃げられない。
後ろの二人が持っている箱。
きっと私はアレに負けてしまうだろう。
なんて非道なことを、と思う。私たちの一部を、形そのままに私たちを屠る武器にしてしまうのだから。
…ああ、私もその“箱”になってしまうのか。
人気のない路地に追い込まれ、死を悟った。

   タンッ……ベシャッ

「…え?」
「…探したよ、サラ」

軽やかに着地する足音。そして食欲を刺激する匂いが辺りに充満する。私をここに追い込んだ二つの影は、原形を留めない肉塊となって散らばっていた。
白鳩の代わりに私の目の前に立つ、不思議なマスクの人。――ああ、マスク。その声はとても聞き覚えがあり、懐かしい。

「…ウタ、さん…?」
「迎えに来たよ、サラ。一緒に4区へ帰ろう」

不思議なマスクの奥から発せられる声は、昔と変わらず優しい。

   …ガッ

「Σ!?」

顔が近づいたかと思うと、そのマスクの長い鼻が私の額にぶつかった。

「ああ、取るの忘れてた」

ぶつかった本人は呑気にそう言いながら自分の頭に手を回す。
現れたのは、昔より大人っぽい雰囲気になったウタさんの顔。

「ね、サラ。キスしてよ、昔みたいに」

…キス、という単語を聞いてさっきのは彼が私にキスしようとしたのだと、ようやく気付く。
ちゅ、とリップ音を立てて唇を啄むと、私は笑った。

「着けていてもキスできるようなマスク作らなきゃね?」

ウタさんもくすくす笑う。

「そうだね。約束だから」

彼もあの約束を覚えていてくれたのかと少し驚いたが、今はそんなのどうでもよかった。

「もうぼくの前から消えないでね」
「うん。もういなくならない」

戻ろう。楽しかった時代に。
差し出されたウタさんの手を取って、もう一度キスをした。


     *     *     *


オークションのときのマスクは、きっと当たったら痛い。尖ってたもの。
実は地味に、ウタさんの誕生日のために書いた話だったり。遅刻ゴメンナサイ



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