「こんにちは、ウタさん」
人当たりの良さそうな笑みを浮かべて、彼は挨拶した。
白かった髪には少し黒が混じっている。
「…、」
「サラ、佐々木くんだよ。ほら、挨拶は?」
「……こんにちは。」
「こんにちは、サラちゃん?」
「…この子はサラ。ぼくを手伝ってくれてる。人見知り激しいから、サラが初対面の人に挨拶するのは珍しいよ」
…ウタさんは普通に、“佐々木ハイセ”としての彼と話している。彼は、カネキさんなのに。
佐々木さんの連れて来た人たち――部下、らしい――は、店内のマスクを見ていたり、ひそひそと話していたり。
この人たち、白鳩なんだよね…。
大丈夫、なのかな。
「サラ、採寸始めるよ」
「…はい」
ウタさんはその人個人へのイメージを作るために、色んな質問をする。私のお仕事は、その間にマスクに必要なデータを集めること。
顔の縦と横の長さ、周囲、目の幅から鼻の高さまで、測るものはたくさんある。
「…っ!」
椅子に座った男の人。
口から覗く歯は、ギザギザしている。
「…、…」
「サラ、おいで。…すみません、人見知りで」
「いや。オレの見た目の問題だと思うんスけど…」
「大丈夫だよ、サラちゃん。シラズくんは見かけによらず良い人だから」
佐々木さんがギザギザの人の隣に立って手招きをした。
意を決して一歩一歩ゆっくり近づいて、ウタさんが差し出した道具を受け取る。
定規やメジャー、紙やペンを一度近くの机に置いて、再び定規を右手に、ペンを左手に持つ。
「し、失礼します…」
おずおずとギザギザの人に声をかけると、「オウ、よろしくな」と返ってきた。ニッと笑った歯はやっぱりギザギザ。でも、ちょっと怖くなくなった。
* * * * *
「あたい、才子いうねん」
小さくてコロコロしてる女の子。
ウタさんがコロボックルと形容するので、思わず笑ってしまった。
「ヘイ、シャイガール。才子は噛みついたりしないから安心するといい!」
「オレが噛みついたみたいに言うんじゃねえ!」
ドヤ顔でコロボックルさんが言うと、後ろからギザギザさんの怒声が飛んでくる。
怖かったのでウタさんの服の裾を握ると、白鳩を前にしても堂々と光る柘榴石が弧を描いた。
「大丈夫、本気で怒ってるわけじゃないよ」
「……うん、」
気を取り直して、採寸再開。
* * * * *
「…」
「…」
「……」
「(なんだコイツ…)」
「………」
「…サラ、そんなに警戒しないの」
「…、」
ウタさんのピアスを、目を中心に反転させたような場所にほくろのある人。
こっちを見つめる目が怖い。
…むり。
いそいそとウタさんの陰に隠れると、しがみ付いた背中はくすくすと笑い声に揺れる。
「いいよ、ぼく一人でもできるから」
「……、」
「佐々木くんに遊んでもらったら?」
「……うん」
ぽんぽんと頭を撫でてもらって、無言のほくろの視線をくぐり抜けた。
* * * * *
「あれサラ、その人は平気なの」
「…眼帯…」
「あ、そっか。眼帯、好きだもんね」
…カネキさんとは反対側の眼帯。
男性のふりをしているが匂いは女性だ。
多分、ニコ姐さんの逆バージョン的な感じ。
ムツキさん、というらしい。
佐々木さんが教えてくれた。
「懐くと可愛いでしょ。…サラ、測って」
「えっと…まあ、」
「仲良くしてあげて」
私に道具を渡しながら、ウタさんはムツキさんと会話を続ける。
「人見知りで怖がりだから、男の人を見たらいつも逃げちゃうんだ。ぼくも、慣れてもらうのに半年かかったし」
「…はあ、」
「初対面で懐かれるの、羨ましいな」
「先せ…佐々木さんも、今日会うのが初めてなんじゃ…?」
「…うん。だから今日は、佐々木くんたちが来てくれて良かったよ。…ね、」
「…ね、」
私を見て首を傾げたウタさんに同意を示すように、私も同じ向きに首を傾げて返事をする。
「終わった?」
「うん」
「じゃあ、採寸終わり」
出来たら連絡しますね、と言うウタさんと一緒に五人を見送った。
* * * * *
「カネキくんに久々に会えて、うれしかった?」
「……」
「…サラ?」
「…だって、カネキさんじゃないもん」
「でも、彼だよ」
首を傾げるウタさん。
違うの。と首を横に振るけれど、伝わらない。
「あ、なんか分かる〜」
「こらこら、女の子泣かせちゃダメよ〜」
うんうん、と頷くロマちゃんと、半べそをかく私を慰めてくれるニコ姐さん。
「ぼくには分かんないなあ」
「女心ってやつよ!」
「そうなの?」
サラ、と呼ばれて柘榴石を見つめると、「おいで、」とウタさんが両腕を広げた。
…佐々木さんはカネキさんじゃない。でも、カネキさんは佐々木さんだ。
記憶も、性格も、環境も、意志も、何もかもが違う。でも、私の名前を呼んでくれた時の優しさは同じだった。
「ほんと、カネキ様を返して欲しいよねえ」
「!」
「あ、サラちゃんもそう思う?ハイセが死ねばいいよね?」
「…!!」
「だめだよロマ。サラは“死ぬ”とかそういうの、嫌いだから」
「え〜」
ロマちゃんの言葉に、ウタさんの腕の中で必死に首を振る。
やだやだ、佐々木さんが死んだらカネキさんも死んじゃうよ。
ウタさんが私の頭を撫でて慰めてくれた。
「大丈夫。彼は強いから死なないよ」
…でも…カネキさんが帰ってきてくれるなら、佐々木さんがいなくなってもいいと思う。
白鳩なんて、裏切ってくれればいいのに。
* * *
佐々木が前に訪ねてきたときは、昼寝をしていたという裏設定。
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