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私たちは、二人で一つだった。
食べ物や趣味の好みは全く同じ。虎のような目も同じ。顔だってそっくりで、はっきりした違いは髪の色くらい。どちらかの苦手なことは、もう片方が得意だった。まるで、互いの穴を埋めあうように。
奏は私の半分だった。私も奏の半分だった。
だから。
奏が死んだとき、同時に私も死んだ。
片割れが死に、自分の半身を失った私は、もう今までと同じ睦月詩ではなくなった。今の私は、睦月奏でも、睦月詩でもない、“なにか”だった。
奏の訃報を聞いて、反射のように隊舎を飛び出した。奏を殺した虚にどう対処するかなど、何も考えていなかった。ただ、そこに行かなければならないという思いだけが、私の頭を占めていた。
……私に関する噂の中で、一つだけ正しいものがある。私は、奏の斬魄刀であの虚を捕らえた。解号は知っていた。でも始解できる自信があったわけではなかった。ただ、あの子が、奏の斬魄刀が、それを望んでいるのは分かった。何の迷いもなく奏の斬魄刀の解号を唱えた私は、まるで長年ともに戦って来たかのようにそれを使いこなせた。…あの噂は正しい。確証があるわけではなく、誰かが適当に流したものが偶然事実と重なっただけだろうけれど。
浮竹隊長には申し訳ないことをした。十三番隊の中で、私を副隊長に、という話があったことは知っている。けれど、まだ私に伝えられてはいなかった。それをいいことに、私は十三番隊の副隊長への昇進を伝えられる前に、自ら十番隊への移動を申し出た。正直、十番隊に移りさえすれば、席次などどうでもよかった。奏の他にも何人か席官が命を落としたと聞く。穴埋めでいい。席次が下がったっていい。私は、奏の片割れとして、奏の守りたかった場所を守ろうと決めた。
腫れ物を扱うような他の席官の態度も、気遣わしげな日番谷隊長の視線も、場の空気を何とかしようとする乱菊さんの高すぎるテンションも、全ては些細なこと。
奏は、私の半身は、私は、もう死んだ。
もう何も怖いことなど無い。
命を捨てる覚悟は、あの虚を討つときにできていた。睦月詩として奏の仇を討ったら、生きて帰って来られたら、これからは私が奏の分の命を背負うと決めた。

「睦月三席、こちらに署名をお願いします」

ひらりと渡された書類には、討伐部隊の構成員の変更及び部隊長を私に任命する旨の文章が並んでいた。他の隊員の署名はすでに全員分が記されており、残るは私と日番谷隊長の署名のみだった。
部隊の何人かは奏と共に命を落としたが、大半は生き残ったと聞く。奏が率いていた部隊ならば、部隊長が私に変わったところで混乱は少ないだろう。私と奏は、戦いの中での動きもよく似ていたから。違うのは、斬魄刀くらい。
……ああ、そうか。斬魄刀。失念していた。早いうちに対処しておかなければ。土壇場で苦渋の決断を迫られるなど御免だ。

『お願いがあります。他の十番隊の隊士にも伝えていただけますか。できれば、斬魄刀を始解できる者、全員に。』

書類を受け取る際に言伝を頼むと、思いのほか簡単に引き受けてくれた。

〈やはり俺が出て行って話した方がいいんじゃないのか。不便だろ〉
〈あなたは一言余計だから嫌。それに、あなたの姿を見たらみんな驚くでしょう〉
〈何が余計なんだ。俺はちゃんと詩の思っていることを言っているだろう。俺の姿に関しては、説明すりゃあいい。俺がちゃんと説明してやる。詩が煩わしいと思うことは、俺が何とかしてやるから、だから、〉
〈“だから”?〉
〈もっと俺を頼ってくれ〉
〈…そうね。ありがとう。じゃあ隊士たちの前で説明するのはあなたに任せるわ〉

斬魄刀の曲水が、なおも不服そうに口を尖らせる。私に曲水の姿は見えるが、今は具象化しているわけではない為、私以外のものには声も姿も認識できない。勿論、具象化すれば可能である。しかし、曲水がその姿を表わせば一時とはいえ場が混乱するのは目に見えていた。面倒ごとは少ない方がいい。私はただ、奏の見て、感じて、思っていたことが知りたいだけだ。

「奏がどんな奴だったかって、それはあんたが一番よく知ってるじゃないの」

…署名した書類を執務室に提出に行くと、日番谷隊長はあいにく不在だったが、堂々とサボっている乱菊さんに捕まってしまった。お茶と菓子まで用意されれば、逆に断りにくいことをこの人は分かってやっていると思う。
話題ついでにと、乱菊さんに奏のことを聞いた。

「あたしから見てってこと?…うーん、そうね…いい奴だったわ。仲間想いで、部下にも慕われて。あたしの代わりに隊長に内緒で書類仕上げてくれたりもしたしね!」
「…………」
「…何もそんな目で見なくたっていいじゃない。とにかく! 十番隊であの子を嫌いな奴なんていなかった。一生懸命なあの子を、みんな好きだったわ」

優しく目を細める乱菊さんは、懐かしいものを思い出すように空を見つめていた。ふいにその空色の目がこちらに向けられ、頭が動いた拍子に金の髪が揺れる。
…この空色の目は、私の質問の意図を理解したうえで、私の欲しい答え方をしなかった。出来るだけ奏に近づくために、さりげなく十番隊での奏の振舞を探ろうとしていたのを、この人は見抜いたのだ。

「…慕われていたのは知っているが、お前が仕事を押し付けていたのは初耳だな」

すっと下がった体感温度と低く這うような声に、二人そろって扉を振り返る。部屋の入口に立つ日番谷隊長は、自分より高い位置にある空色の目を威圧的に睨んでいた。翠の鋭い視線に、乱菊さんがぎくりと肩を揺らす。
目の前の二人に思わず笑いを零すと、二人が訝し気にこちらを見た。

「ちょっとぉ、笑ってないで助けてよ、詩」
「自業自得だろう。睦月、悪かったな。仕事に戻っていいぞ。…松本、お前も自分の机につけ」
「えー」

再び言い合いを始めた二人を見ながら思う。
ああ、本当に、奏がここにいたんだ。
この人たちを、この場所を、奏は守ろうとしていた。
いつも奏が楽しそうに話してくれた光景が、今目の前にあった。
これからは、私が守る。命に代えても。

そろそろ本気でキレそうな日番谷隊長と今にも逃げ出しそうな雰囲気の乱菊さんに頭を下げて、執務室を出る。

〈…よし、やるか〉

気を入れ直したように曲水が伸びをする。
白の狩衣姿の青年の言葉に、私は頷いた。

〈よろしく、曲水〉

自分より高い位置にある蒼髪の頭を見上げれば、私そっくりの顔が金の目で笑った。





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