2019年3月29日

海に沈んでしまえたらいいのに。
なぜ川でも湖でもなく海なのか、と問われれば、たぶん、あの人の穏やかな時間は海の記憶で止まっているからだ。最期の、穏やかな時間。否、正確にはすでにあの時、否、最初から、あの人に穏やかな時など流れていなかったのかもしれないけれど。それでも、心穏やかにいられたのは、まだ己が浸っているぬるま湯の幸福を、幸福だとすら気づかなかった愚かであたたかな時間は、海が最後なのだ。
──るりちゃん。
あの人はいつもとうとつに現れる。そして、いつの間にか揺らめいて消えていく。まるでかげろうのように。何を話すでもなく、私はその薄い瞳を見つめて、あの人はそっと私の頭を撫でて、そうしていつの間にか、消えている。これじゃまるで、ほんとうに幽霊みたいだと思う。私だけの幽霊。成仏していないのは、ずっと前に進めていないのは、私の心のほうだけれど。
あの幸福な夢は、私を絶望につき落とすには十分すぎた。幸福は永遠に手に入らないのだと、叶いもしない夢をみて、そのあまりのあたたかさに、私は泣く以外のすべを知らない。
手に入らないなら、いっそ、壊してしまおうか、壊してしまおうか、壊してしまおうか。
私自身を。