2018年11月30日

彼が猫になった。
…なんて間抜けな響きだろうと思う。でも、ほんとうのことだ。
原因はわかっている。最近買った同人誌、尾形さんが猫な話だった。性格が、とかじゃない。ほんとうに、猫なのだ。その姿が可愛くて、もとから猫のような性格だったのもあってか、彼はときどき猫の姿をとるようになった。
不思議なことに、猫の姿でうろうろと私の周りを歩く彼は、人の姿のときよりもその影が色濃い。ほんとうは私は彼のことを猫かなにかだと思っていたのかもしれない。
とはいっても、四六時中猫の姿なわけではない。
バイトで忙しくしているとき、誰かと喋っているとき、何かに集中しているとき、彼は猫の姿でじっと私を見ている。
──にゃあ。
…尾形さん? そこにいてね。
……。
ばたばたとしていた昨日の夜。カウンター席のソファの上でひと声あげた彼にそう言ってみたものの、じっと見つめる黒猫から了承らしい意思表示はなかった。私がまた店の中をばたばたと歩き回ると、黒猫は必ず後ろをついてきた。いうことを聞く気はないらしい。
やっとひと息ついたと、私がカウンターの前に佇んでいると、りん、と今度は人間の言葉で呼ばれた。
いつ帰るんだ。
終わったらだよ。
いつ終わるんだ。
11時半…かな。
…長い。
どうして不機嫌なの? 今日はお客さんに絡まれてないのに。
……。
大事なことは、なにひとつ言ってくれない。そういう人だ。よくわかっている。だから、私は彼の不機嫌の理由を考える他ないのだ。
…さっきの人と明日ご飯に行く約束をしたから? あの人は私より社交的なんだよ。
…そうかよ。
あ、納得してない。ふいと逸らされた視線が、不服であることを如実に示していた。

耳、めっちゃ赤いよ。
そう言われるのと同時におくれ毛を耳にかけられた。普段は触ってきたりしない人だから、多少酔っていたのだろう。今は2軒目だけれど、先輩は1軒目で私より先に着いていて焼酎のお湯割りを3杯は飲んでいたと言うし、思ったよりも酔いが回っていたのかも。
──頭を撃ち抜いてやろうと何度思ったか。
できないでしょう。
あいつ、お前に触ったんだぞ。
信じられない、とでも言うように声を荒らげる彼は、帰り道ずっとそんな調子だった。