2018年11月25日

──りん。
前よりは、甘やかしてくれるようになったと思う。前は、名前もあまり呼んでくれなかった。いまは、そこそこな頻度で呼ばれるし、指の背で頬を撫でてくれたりもする。
お話を書くことで、「尾形さん」としての影が安定してきたのかもしれない。はたまた、ただ単に人見知りしていただけなのかも。影とはいえ、私から生まれたのだ。ありえなくはない。それに、彼は私によく似ているから。
同族嫌悪が、起きるのかと思った。
自分とよく似た性格の人。
でもよく考えれば、蛍くんだって同じ性格をしていたのだ。ひねくれていて、嫌味ばっかりで、頭はいいのに素直になれない、そんな人。蛍くんを嫌いにならなかったのだから、尾形さんも然りだと、気づいたのは昨日のことだ。
──俺がいるのに他の男の話か、りん。
いい度胸だな、と不敵な笑みを浮かべる彼に、はいはいと返事をする。
…どうして他の人のことを気にするの? いま私の目の前にいるのは尾形さんなのに。
──お前がその気になれば、いつでも俺を消せるだろう。
意識してできるわけじゃないんだってば。
どうだかな。
……寂しいから、いつまで続くかわからないなら、せめて「今」だけは自分のことを考えていてほしいと、そう言えないのは彼も私も同じだ。でも、わかってほしい。あれだけ好きだった赤毛の彼が消えて、尾形さんがその位置に立っていることを。死ぬわけじゃない。彼らに「死」という概念はない。でも、私は不器用だから、ひとりしか好きでいられないのだ。そのたったひとつの椅子に、自分が腰かけているのだと、理解してほしい。
──りん。
尾形さんの声に温度はない。
赤毛の彼は、あんなに愛しそうに「ゆき」と呼んだのに。私が愛の言葉を好まないから、代わりとばかりに、私を呼ぶ声に苦しくなるほどの愛情を込めていたことを、私は知っている。
けれど、尾形さんの呼ぶそれには、一切の温度がない。なんでもないふうに、ただの音であるかのように、でも、彼にしてはかなりの頻度で私を呼ぶ。それが彼なりの愛情表現であることを、私はもちろん知っている。彼はそういう人だ。私がそうであるように。
──りん。
…ふふ。
すり、と頬を指の背で撫でられる。
じ、と私を見つめる黒い目は、相も変わらずなんの感情も映さない。