2018年11月1日

雨が降っている。
あの人が死んだ日もたしか、雨が降っていた。だけど、こんなに寒かっただろうか。覚えていない。
死にたいと思う。
正確には、「死にたい」というよりは「消えてしまいたい」という方が正しいのだけど。
哲学の先生が言っていた。
墓に入るのとか、嫌じゃないですか。遺体焼いたら骨はそのへんに撒いてくれって思うんですが。忘れられたくないとか、意味わからなくないですか。さっさと忘れてくれって思いませんか。結局覚えてる人も死んだらその時点で忘れられたことになりますよね。早いか遅いかの違いでしかないじゃないですか。
…当たり前のことを、と思った。よほど偉大で、歴史に名を残すようなことをしない限り、人は忘れ去られていくものだと思う。
先生は、死んだら忘れてくれて構わない、と言っていたけれど、私は今すぐに誰からも忘れられたいのだ。無に帰す、というのだろうか。今まで生きてきた20余年を白紙にしてしまいたいのだ。

あの人の、命日。
でも、お墓なんてどこにもない。
私はどこに祈ればいいのだろう。
宗教なんて神を信じないとやっていけないような人のためのもので、ある種の精神病に近いとすら思っている。だけど、依存先をずっと探して求めている私の方こそ、ほんとうは精神的に弱いのだろうとも思う。


雪が見たい。
寒くなってはきたけれど、まだ、雨。
冬にだけ感じるあの高揚感は、なんとも形容しがたい。ただ、どきどきする。どうしようもなく楽しくなる。
──「 」、
なまえを、呼ばれる。
軍服姿の、彼に。
ただ、字を決めたものの呼び方をあやふやなままにしてしまったせいで、彼ははっきりと名前を発音できないでいるのだ。べつに、誰が困るでもないから、私はそのままでもいいと思っているのだけど。尾形さんはそうは思わないらしい。
……そんなにどうでもいいのなら、なぜ俺を創った? 横に立ってる男、そいつが本命なんだろ?
どうでもいいわけじゃ、ない。私はただ、そばにいて欲しいだけで、なまえなんて、ましてや私の呼び方なんて、こだわるほどのことでもないから、それだけ。赤毛の彼を手放して、あれほど受け入れることに抵抗して、それでも抗えなかったものが、どうでもいいことのはずがないのに。
あの人が、私の隣で苦々しい笑みを浮かべる。……るりちゃん。頭を撫でる手つきは、小さな子どもにするようなそれで。この人はいつまでたっても私を子ども扱いするのだ。
…今日だけは、許してほしいと思う。
今日は、あの人の命日なのだ。
あの人が出てこないはずがなかった。