2018年5月14日

居酒屋のほうのバイト先の社員さんのほとんどが、私を名前で呼ぶ。
──ちゃん。
気持ち、悪くて。
昨日は寝不足だった。
ベッドに入ったのが5時すぎ。母のラインで起こされたのが11時。その6時間の睡眠のあいだに一度目を覚まし、時計を見て6時過ぎであると焦り──バイトは6時から──5分くらいパニックになったあと、今が午前6時であると気づいて二度寝した。
午前中に起きてしまったのがまずかったな、と吐き気を押さえ込みながら思う。いつもは昼過ぎまで寝ている。お腹がムカムカするのを氷水でなだめつつ、家を出る前に何食べたっけ、と思い返す。食パンは食べた。あとはお茶とサイダー飲んだくらいしか覚えていない。できれば吐きたくはない。このまま氷水でなんとかなればいいけれど。
休憩を、と社員さんに呼ばれ、あわてて首を振った。今何か食べたら、絶対にアウトだ。少々体調が悪いことを伝えて、お構いなく、と逃げる。座って休む? とも聞かれたけれど、じっとしていた方が気分が滅入るので、それも首を振った。数分後、店長が話しかけてきた。
──ちゃん。どうしたの。今日早めに帰る?
休憩をとらなかったことが伝わっているらしい。そりゃそうか。
ただの寝不足です、お構いなく。
首を振ると店長は ほんと? と首をかしげた。
食事さえとらなければ、普通に動ける。家で食べたものも消化されたのか、吐き気も弱くなった。
──ちゃん。下の名前で呼ばれることに、お腹とは違うところがムカムカする。
気持ち悪い。
…そんなことを、寝起きのベッドの上で思い出した、今朝。
おはよ、と私をなでる彼の唇が動く。
──ゆき。
ああ、全然気持ち悪くない。
昨日のことを思い出してムカムカしていたのが引いていく。何度呼ばれても、気持ち悪くはならない。
ゆき、は私じゃない。だから平気。きっと、彼でさえ、私の名前を呼んだなら気持ち悪く感じるのだと思う。
想像は、できなかったけれど。

ふと思った。
赤毛の彼は、好きになってからどのくらい経つのだろう。いちばんよく覚えているのは、大学1年の初冬、11月のひと月だけやっていた高級和食料理店のバイトの頃。何もかもが嫌で、彼に連れ出してもらう妄想ばかりしていた。あのころは、まだ名前を決めていなかった。帰り道に、降り出した雪を見て、それがいい、と思った。
──ゆき。
黒い外套を翻して、革手袋のまま私に手を差し伸べる。彼の手を、取りたくてしかたなかった。どこかへ連れて行ってほしかった。
大学1年の、初冬。
単純計算で、1年半だ。
もうそんなに経つか。
ふうっと紫煙を吐き出して、彼が少しだけ驚いた顔をする。
もうそんなに経つんだね。
あのとき私は、彼の3つ下だった。
……何だか時間の流れを感じる。
彼はずっと綺麗で格好いいままなのに。私だけが歳をとっていく。なんか嫌だ。
せめて、"ゆき"は歳をとらないように。ずっと彼のそばにいられるように。