僕と君がいる場所


…一瞬、だった。
弥依の横を通り過ぎていった風は、後ろに立って弥依の肩に手を置いていた男を吹き飛ばし、そのまま地面に叩きつける。

「…汚い手で弥依に触ってんじゃねえよ」

ぽかんとしている弥依、呆れてものが言えない乱菊たち、リーダーを瞬殺されて呆然とする不良たち…皆、理由は違えど似たような表情をしている。
1人だけ大真面目な顔で静かに怒りのオーラを発している日番谷が、とても場違いに感じられた。

「…引かねぇのか?お前たちのリーダーは潰したぞ?まあ…どうしてもって言うなら全員まとめて相手してやるが…早くしろ。時間がもったいねぇ。せっかく弥依と帰ってたってのに…」

射抜くような、イラつきを隠そうともしない日番谷の鋭い睨みに、不良たちが息を呑む。
弥依もまた、表情を凍りつかせたままその場に立ち尽くしていた。

「…う、動くなっっ!!」
「っ、!?」

…そんな時、日番谷の視線が弥依に向いていなかった隙をついて、明らかに下っ端な奴がナイフを弥依の首に突き付け、震える声でそう叫んだ。

「弥依ーっ!」
「弥依ちゃん!」
「弥依っ!!」

乱菊、織姫、ルキアがそれぞれ悲鳴に近い声で弥依の名を呼ぶ。

「!」
「くそっ…卑怯なことしやがって…!」

日番谷は眉間に皺を寄せ、黒崎はもどかしそうに地面を蹴る。
下っ端は、か弱い女を人質にとればリーダーの仇を取れると思ったようだ。…が、しかし…それは失敗に終わる。…なぜなら…

「痛っ!!??」
「…私に触ってんじゃないわよ、クズ」

…なぜなら、その人質はか弱い女などではなく空手の達人だったから。弥依がその気になれば、この程度の人数はどうとでもできるのだ。だから弥依は不良たちを呼ぶことに何の躊躇いもなかったし、特に怖いとも思わなかった。
…弥依によっていとも簡単に倒された下っ端を見て、ついに顔を青くした不良たちはリーダーと下っ端を素早く抱え、一目散に逃げていった。

「…結局、何の役にも立たなかった…」

少し残念そうに、去って行く不良たちの背中を見ながら呟いた弥依。その声を聞いて、呆然としていた乱菊たちはハッと我に返る。

「弥依〜!!心配したのよ!?」
「怪我はない?弥依ちゃん」
「もうあんな奴らと関わってはならんぞ、弥依」

一斉に弥依の元へ駆け寄り、口々に心配や小言を言う。

「…おい。本当にあいつらはお前が呼んだのか?」
「!」
「何よ日番谷、今そんな事どうでもいいじゃ「じゃな、冬獅郎!こいつらは連れて帰るぜ」
「ああ、悪いな黒崎」
「ちょ、離しなさいよ、一護!!」

普段とは違う声のトーンで訊いてきた日番谷に少し驚いた弥依は、黒崎に引きずられていく乱菊たちを止めることもせず、遠ざかっていく背中に小さく手を振った。

「…そうだよ。あの人たちは、私が呼んだの。あんたを痛い目に遭わせてもらおうと思って」

乱菊たちが去った方向を見つめたまま、日番谷を視界に入れることなく答える弥依。

「…あんたのその化けの皮、皆の前で剥いでやろうと思ってたのに…」
「…俺の、化けの皮…?そう言えばさっきも、騙すとか何とか言ってたな。…お前、何か勘違いしてねぇか?」

…とりあえず行くぞ、と弥依に歩くように促し、日番谷は一つため息を吐いた。

「お前の中の俺がどんな奴かは知らねえが…お前に惚れるまで俺は、さっきの連中みたいな奴らと喧嘩ばっかしてた」

…けど、と日番谷は付け足す。

「…俺は誰かを騙すとか、そういうのは好きじゃねぇ。お前の言う…催眠術?そんなのが出来るほど器用でもねーしな」
「…じゃあ、乱菊の言ってたことは本当なの」

少し拗ねたような、納得がいかないといったふうな弥依の口調に、日番谷はフッと笑ったあと、「さあな」と答えた。

「それはお前が決めることだ。これからはお前が直接、俺がどんな奴か決めればいい」
「………、」

未だに不満そうな弥依はそれでも、日番谷の言葉に小さく頷く。
それを見て日番谷は表情を和らげた…が、再び真剣な顔をして弥依と向き合う。

「…それと。もうあんな奴らとは関わるな。お前にナイフが向けられたとき、本当に心臓が止まるかと思ったんだぞ。いくらお前が強くても、女じゃ男には敵わないことだってあるんだ。…頼むから…二度と危ないことはしないでくれ…」

最後には懇願するような口調になっていた日番谷を見て、弥依は少し驚いた。
…もしかしたら、自分は少し思い違いをしていたのかもしれない。

「………うん。ごめんなさい」

少し間を置いて、呟くように言った弥依の表情に、日番谷は再び変態と化すのだった。



僕と君がいる
(やべ、超可愛いんだけど)


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