背中合わせの恋


夏休みもあっという間に過ぎ、学校が始まって数日が経った。
弥依は夏休み中、本人の言葉通り女子とは何度か遊んだが、男子とは一度も顔を合せていない。
乱菊もその後は変な誘いをしてこなかったし、弥依も知っている人に会いそうな場所には行かなかった。…勿論、日番谷に渡された連絡先は即、捨てた。今ごろは灰となっている。
あの後は呼び出し(告白)をしてくる者もおらず(実は日番谷が必要のない睨みをきかせている)、弥依はそれなりに平和な日常を送っていた。
…ある一点を除いて、だが。

「よ、弥依」

弥依のクラスに入って来たのは、言わずもがな日番谷…と、見張りのために行動を共にしている黒崎。
ちなみに、この二人が教室に入って来た途端、弥依のクラスの女子たちが黄色い悲鳴を上げている。

「次、体育だろ。体育館までついてってやるよ。何なら着替えも手伝おうk…「…黙れ、変態」

…日番谷の変態発言を弥依が物理的に黙らせる。…これで一つの流れとして、完成している。
…終始クラスの女子たちが日番谷にハートの目を向けているのが、弥依には不思議でならない。あんなに変態でチビなのに、何処がいいのだろうと毎回思っている。
ちなみにこの光景は、弥依が移動教室の度に繰り返されている。日番谷は、クラスの違う弥依の一日の時間割を完璧に把握しているのだ。

「…きっとみんな、騙されているのよ」

更衣室で着替えをしながら、弥依は乱菊にそう言った。
きっと催眠術にでもかかっているんだ、と。

「いつもはあんな奴じゃないのよ?」

乱菊は少しでも弥依のなかの日番谷のイメージを改善しようと試みる。
喧嘩に強いこと、女子にモテること、頭が良いこと。…しかし。

「…乱菊まで催眠にかけるなんて…許せないわ」

…悪化した。
日番谷は変態、チビ、物好き、詐欺師というイメージに、乱菊まで催眠術にかける悪者、という印象が弥依の中で加えられる。
そして弥依は、今度会ったら黙らせるだけじゃなく、こらしめてやろうと心の中で誓うのだった。


   *   *   *



「弥依、帰ろうぜ。送ってく」

…何も知らない人が聞けば、優しい彼氏のセリフである。
そして普段なら弥依は、そのボディーに一発食らわせ日番谷が(色んな意味で)悶えている間にそそくさと帰る。
…だが。今日は違った。
まず、弥依が日番谷に拳を向けない。

「…弥依…どうかしたのか?」

不審に思った日番谷が、少し心配そうに弥依の顔を覗きこむ。

「………そうね。一緒に帰りましょう」

少し長い間を置いてから答えた弥依の言葉に、その場にいた全員が凍り付いたのは言うまでもない。
そして。
弥依が何かを企んでいるとは露知らず、日番谷は顔を真っ赤にして喜ぶ。

「(おい、どういうことだよ、松本?)」
「(どういう風の吹き回しなのだ、これは)」
「(弥依ちゃん、どうしちゃったの?)」
「(それが…)」

前を並んで歩く日番谷と弥依を見ながら、黒崎たちは乱菊を中心にヒソヒソと話し始める。
並んで歩く二人は、仲が良いとまではいかないものの、弥依が日番谷を拒絶する素振りも見せないので、なかなかいい雰囲気に見えた。
乱菊は、そんな二人を不気味なものでも見る目つきで、昼間のことを話す。
日番谷のイメージを良くしようと試みたが逆効果、それからずっと、弥依は何かを企んでいるような顔をしている、と。

「(何かって、何だよ?)」

黒崎が訝しげに眉間に皺を寄せた、その時。

「…日番谷じゃね−か。彼女と一緒にこんな所でお散歩か?」

明らかに友達に対する口調とは異なるそれに、乱菊たちは声のした方を一斉に振り返った。

「!、あいつら、藍染高校の…!」
「目を離すべきじゃなかったわね…」

敵対する他校の連中が、よりによってこんな時に日番谷に絡んでいた。
しかも、今日はいつもと様子が違っている。

「…邪魔すんじゃね−よ。せっかく弥依と楽しんでたってのに」

ち、と舌打ちする日番谷の声は怒りを孕み、眼光は殺気さえ放っている。
普段喧嘩するときと変わらない日番谷の態度に、乱菊たちがホッとしたのもつかの間、相手の口から出た言葉に、四人は目を見開く…。

「その弥依ちゃんが俺らをここに呼んだんだぜ?“詐欺師のチビをこらしめて”ってな。な?弥依ちゃ〜ん?」
「な…弥依、本当なの?」
「…乱菊たちまで騙すなんて、本当にサイテー。だから、他校の友達に連絡してこの人たちを呼んでもらったの」

弥依は驚愕の表情を浮かべる乱菊たちに向き直り、日番谷を睨みつけた。
藍染高校のリーダー格の男が弥依の肩に手を置き、こいつはこっちの味方だと言わんばかりの顔をする。

「…あんたなんか嫌いよ、チビ」

弥依がそう言い捨てるとほぼ同時に、その背後で「行け、」という合図が聞こえた。
…瞬間、弥依のすぐ横を一陣の風が通り抜けて行った…。


背中わせの恋
(手のかかるお姫様だな)




prev next