そして僕は君に恋をする


…夏休み。
せっかく、学校の人にもあの変なチビにも会わなくて済むと思っていたのに、と弥依は心の中で呟く。
口に出さないのは、隣に元凶である乱菊がいて、文句を言えば「どうせあんたは放っておいたら家から一歩も出ないでしょ」と最もなことを言われ怒られるのが目に見えているからである。
…初め乱菊は、遊びましょうとしか言わなかった。
だから弥依は、他に誰かが来るなんて思わなかったのだ。…まして、男なんて。
だが実際に来てみれば、そこには顔見知りの友達と、数人の知らない人。でもみんな自分のことを「弥依」と呼ぶので、少なくともハジメマシテの人はいないのだろうと弥依は思った。

「弥依、何か飲むか?」
「弥依ちゃん、お菓子食べる?」
「あ、サイダー欲しい。…ありがと。ポテチ食べたい」

グラス片手に特に気遣う風もなく声を掛けてきたのはルキア。その隣でお菓子の袋を掲げつつ天使の笑みを浮かべているのは織姫ちゃん。で、その向かいに座っているのは…えーと………まあいいや。で、その隣には…あのチビ。
白髪の、綺麗な目の、変な名前の。私が来るまで明らかに仏頂面だったのに、私がこの部屋に入って来た途端に目を輝かせたのを、私は見てしまった。それからずっと私に視線を向けていたのは知っていたが、ここにいる人を順番に確認していった流れでついそっちを見てしまい、見事に目が合う。
瞬間、より一層輝きを増したオーラを放ち、何故かこっちに来てしまった。

「よお、弥依」

…いきなり呼び捨てか。

「お前も松本に呼ばれたのか?」

…馴れ馴れしい…。

「夏休み、何してた?」

…早くどっか行け、チビ。
こっち寄り過ぎ。近いんだけど。ってか、何でついこの間フッたばっかりなのに全然めげてないの、こいつ。あーうざい。うざいうざいうざいうざいうざいうざい。
人懐こそうな笑み浮かべて、変に甘い口調で、媚び売ってるのバレバレなんですけど。
…うんざりしている弥依だが、この間無言である。

「暇な時でいいから、連絡くれねぇ?」

いつの間にか握らされていた紙(電話番号・メールアドレス)を、弥依は不思議なものでも見るような目つきで見つめる。そして、尚も続く日番谷の言葉にため息を吐き、立ち上がった。

「…そこのオレンジさん、」
「…え、俺?」←一護
「こいつ、うるさい。このチビ。あなたが保護者でしょ?…乱菊、私帰る」

日番谷の腕を引き黒崎の方へ押すと、そのまま部屋の出口へと向かう。

「え〜!もうちょっとくらいいいじゃないー!!」

乱菊は残念そうに引き止めるが、他の者は皆弥依の不機嫌さを感じ取ってか、苦笑するだけだった。

「…おい、弥依。俺は“チビ”じゃねぇ。“冬獅郎”だ」
「…。…じゃね、ルキア、織姫ちゃん。今度は女子会しよ」

…ぱたん。

「「「…」」」
「…めっちゃ拒絶されてんじゃねえか、冬獅郎」

女性陣の沈黙を破ったのは、独り言にも近い黒崎の呟きだった。
弥依は、日番谷の言い直しを無視しただけでなく「今度は女子会をしよう」と言ったのだ。つまり、日番谷に直接言葉を向けることなく、「お前たち男子は邪魔だ」と言ったも同然である。

「おい、冬獅郎?」

反応がない日番谷を、黒崎が不審に思い振り返ってみると…日番谷は顔を赤らめ、明らかに先ほどの弥依の言葉など気にしていない…それどころか、何かに悦んでいる風ですらあった。
((((え、変態…?))))
その瞬間、日番谷の表情を見た四人の心は一つになる。

「…と、冬獅郎…?」
「日番谷、大丈夫?」
「…おぬし、そういう趣味だったのか…?」
「冬獅郎君、それはちょっと…」

四人がそれぞれ似たような反応をした後、凍り付いた空気に気付いたらしい日番谷がいつものポーカーフェイスに戻る。

「…あいつ、初めて俺に触ったな。ようやく俺に興味を持ったのか…」

…しかし心は変態のままであった。

「(…あやつ、どうしたのだ?)」
「(弥依にぞっこんなのよ〜。経緯は私も知らないんだけどね)」
「(あんなんじゃ、皆ドン引きしちゃうよ)」
「(まずいだろ…ファンクラブまであんだぞ、あいつ。他校の奴らだって、冬獅郎がダメになったって知ったら…)」

とうとう末期だと判断した四人は惚けている日番谷そっちのけでヒソヒソと相談を始める。男子からも女子からも他校からも、色んな意味で有名な日番谷は世間体を保つのも一苦労である。
…四人は、日番谷の面子を(自分たちの為に)保つべく、作戦会議を始めるのだった。


そして僕は君にをする
(あいつが俺を好きになる日も遠くねぇな)




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