夏休みは、晴天なり。


「好きだ、付き合ってくれ」
「…絶対やだ。」


夏休みは、天なり。




夏休みの一番初め、終業式が終わり各クラスのHR後、人気の無い校舎裏で物語は始まる。
真夏の太陽の下、これからの約一ヶ月半の休みを前に生徒たちが喜々として帰って行く校庭とは対照的に、校舎を挟んだその向こう、陽の光も微かにしか入らない裏庭の隅に、二つの人影。
片方は、これ以上にないほど緊張の色を顔全体に浮かべ、しかしその瞳の奥には自信と期待に満ちている。
片やもう一方は、校舎越しに聞こえてくる喧騒に、自分もあの中にいる筈だったのにとでも云うように、のろく重いため息を吐いた。

「…何か用?早く帰りたいんだけど」
「あぁ…悪い、すぐ終わる」
「それ、さっきも聞いた。でもあなたずっと、黙ったままじゃないの」

少女のイラつきを含んだその言葉に背中を押されるようにして、少年は一つ深呼吸をし、口を開く…。
そして、冒頭に戻る。

「俺、お前が好きだ、付き合ってくれ」
「…絶対やだ。」

…ほぼ即答、であった。
ほんの少し間があったのは、少女が迷っていた訳ではない。ただ単に、驚き言葉の意味を理解するのに時間を要しただけである。

「…そもそも、」

…予期していなかった答えに、少年――日番谷は、半ば放心状態だった。故に、少女が口を開いた時、日番谷はハッと我に返り、目の前の冷めた表情と向かい合うこととなる。

「あなた誰?制服着てるからここの生徒なのは分かるけど…1年生の子?あんまり最初のうちから調子に乗ってると、先輩たちに目つけられちゃうよ?」
「………」

彼女の云う「調子に乗る」とは、日番谷の髪のことを指しているのだろう。
しかし…。
日番谷の脳内は、アッサリとそしてキッパリと告白を一刀両断されたことに加え、彼女が自分の存在すら認識していなかったというショックで、これが地毛であるということを主張することすら出来なかった。
この辺りの男子高校生は皆、年上年下に関わらず日番谷を見れば、逃げ出すか道を譲るかのどちらかだった。女子たちは、目が合うだけで頬を染め、黄色い悲鳴を上げた。
だから、ある程度、日番谷という存在はこの辺では知名度が高いのだと、日番谷自身そう自負していたのである。
それなのに、だ。
目の前の彼女は、自分の名前も学年も、存在そのものを知らないような目つきで日番谷を見ている。同じ学年の、隣のクラスなのに。

「…俺のこと、知らねぇのか?」

…ショックから立ち直れず、やっとの思いで日番谷が口にした言葉が、その一言だった。

「え、知るわけないじゃん。何、自信過剰?」

…鼻で笑われ相手にもされず。

「ね、もういいでしょ?帰りたい」

…あっさりと彼女は去って行った。


   *   *   *


「弥依〜!どこに行ってたのよ?」

何も言わないでいなくなるから探してたのよ〜?と、目の前の金髪の美人は言う。

「うん。ごめん、乱菊。何か…変な人に呼び出されてたの」

先ほど告白してきた、既にぼんやりとしか思い出せない顔を何となく頭に浮かべながら、弥依は少し申し訳なさそうにする。

「呼び出しって、一体何したのよあんた?」
「何も…あっちがただ、好きって言ってきただけ」
「え、ちょっと待って。好きって…告白されたの?」
「うん。物好きもいたもんだよね」
「で、で?あんたはそれを受けたわけ?」

綺麗な金髪を振り乱して迫ってくる友人に若干気圧されつつ、弥依は首を横に振った。

「そんな訳ないじゃん。知らない人だし」
「知らない人って…あんた、一体この学校に知ってる人が何人いるのよ?クラスメイトすら、知らない人に分類されてるじゃないの」

噂好きの乱菊は、弥依に告白してきた鉄のハートの持ち主を何としても知りたかった。
がしかし、弥依が云う「知らない人」は本当に範囲が広い。弥依は綺麗な容姿や誰にも媚びない性格で有名だが、人の顔と名前を覚えられない事でも密かに有名だった。逆に言えば、弥依の知っている人ならばかなり範囲は絞れたのだ。
隣のクラスの人間はおろか、自分のクラスメイトすらまともに覚えていない弥依。そんな弥依の「知らない人」の中からその人物を見つけるのは不可能に近かった。
弥依のことだ、どうせ告白してきた奴の特徴すら、もうまともに覚えてはいないだろう。
これはもう諦めるしかないかもしれないと、乱菊がため息を吐いたその時だった。

「はぁ!?フラれた!?マジかよ冬獅郎!?」

廊下から聞こえてきた声が聞き覚えのあるもので、しかもその単語にとても興味を惹かれた乱菊はひょこりと顔を覗かせる。そこには、驚いた表情の黒崎と魂が抜けたように脱力している日番谷がいた。
乱菊に気付いた黒崎が、信じられないという顔をしながら、たった今日番谷の口から聞いた話を報告しようとした…が。

「乱菊?そろそろ帰ろ………」
「「あ。」」

下校を促しに教室から顔を出した弥依は、何かを視界に入れるとその言葉を途中で切り。
脱力していた日番谷も、聞こえた声に顔を上げ。
…二人は同時に、お互いの顔を見て声を上げた。

「朝倉…」
「……さっきのチビだ」
「「「…。」」」

弥依の言葉の後に声を発するものは、誰一人いなかった。


夏休みは、天なり。
(俺の心は、曇天なり。)




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