日曜日症候群


昨日あれから、シロくんに会ってない…というか、私が一方的に避けていた。
だってだって、恥ずかしいもの!
一人で勝手に怒って、八つ当たりして、子供じゃあるまいし。あんな言い方して、勝手に帰って来ちゃって、しかもあの後私を心配して部屋の前で私に声を掛けてくれたシロくんを、扉が閉まっていたのをいいことに私は無視してしまった。

「…最悪だ…」

きっともうすぐ、シロくんは帰ってしまうのに。
こんな微妙な空気の中でバイバイするなんて寂しすぎる。
滅多にない体験をしてるのに、こんな終わり方もったいない。
…ちゃんと、笑顔で送り出してあげたい。シロくんも、笑顔で帰れるように、ちゃんと。

「…よしっ」
「…おい、」
「…ん?…ぅわあっ!?」

廊下を歩きながら決心した。
シロくんに会いに行こう。行って、謝って、ちゃんと笑顔でバイバイするんだ。
そう思って気合いを入れた矢先…後ろからした声にほぼ反射的に振り向き、そこにいた人物に飛び上がった。
確かに、今会いに行こうと思っていたけど!避けないって決めたばっかりだったけど!!
急に目の前に現れたら心の準備がっ。
そしてシロくんもそんな傷ついた顔しなーい!!びっくりしたんだから仕方ないでしょー!

「…悪い、」

シロくんは苦笑いしたあと、踵を返して私に背を向けた。
…ちょっとちょっと、昨日あれだけしつこく部屋の前で呼んでたのに、何で今日はそんなに大人しいのよ。…って、私の所為か…。

「ま、待って、」
「っ!」

パシッとシロくんの手を掴んで――透けていてもその辺の問題はないらしい――私は慌てて引き止めた。

「昨日は、ごめん…。何か私、おかしくて…自分でもよく分からないの。急にイライラしちゃって…って、そんなことはどうでもいいよね。…決めたの。ちゃんと、シロくんを笑顔で見送るって。“見送る”って言う表現が正しいかどうか分かんないけど…ちゃんと、笑顔でお別れしたいと思って」

だから、今までと同じようにして欲しいなー…なんて。
恥ずかしすぎて目は合わせられないけれど…苦笑いをして、ちゃんとシロくんの顔を見て、正面から向き合った。
今日初めてシロくんの全身を見ると、透明化は昨日より進んでいて、むしろ透明でない部分の方が圧倒的に少なかった。

「…シロくん…ごめん、」

何だか今にも消えてしまいそうなシロくんを見て、思わず謝罪の言葉が口から漏れた。
…こんな時に私…何であんなつまらない意地を張ってたんだろう。きっともうすぐ、本当にもうすぐ…シロくんは消えてしまうのに。

「ばーか、何でお前がそんな顔してんだ」
「…シロくん…ぐすっ、ごめんね…」
「おい、泣くなよ。笑顔で送り出すんじゃなかったのか?」
「う、うん…っ」

溢れてきた涙をぐいぐいと拭い、鼻をすする。
…やだもう、何で泣いてんの私。昨日から意味わかんないよ…。

「とりあえず移動するか。こんな所で立ち話してちゃ、落ち着かねぇし」

ふぅ、と息を吐いたシロくんは私の手を引いてリビングまで来ると、私をそっとソファに座らせた。

「…なぁ、一つ聞いていいか?」
「…?」

ぐすっ、と鼻をすすった私は、隣に座ったシロくんに顔ごと視線を向ける。

「お前、親は?」
「…知らない。私、孤児だったから…親の顔すら知らない…」
「、悪い…」
「ううん…別に、気にしたこともなかったし…」

…何で今更、そんなこと聞くんだろうと思った。
こんな時に…私に親がいるかなんてどうでもいいのに。

「…これは、俺の考えだが…」
「うん…?」
「…お前、寂しかったんじゃねぇのか…?」
「寂しい…?」

寂しい?私が…?…今まで感じたことがなかった感情。親がいないのは私にとって当たり前のことだったし、この広い家で孤独を感じたことなんて無かった。

「お前、“自分でもよく分からない”って言ってただろ?それは、今まで感じたことのない感情だからじゃねぇのか?」
「………」

そう、なのかもしれない。
寂しいなんて、今まで考えたこともなかった。
私は、シロくんが帰ってしまうと思って、寂しかったの…?
だから、シロくんが帰りたくないと言ったことにほっとして、やっぱり帰ることになるかもしれないと思ってイラついて、もうすぐお別れの時だと悟って悲しくなった…?
…辻褄が、合う。

「…これが、寂しい…?」
「多分な」
「…そっか、」

何だかほっとした。自分の感情に名前があったことに。そして、嬉しかった。寂しいという感情を知ることが出来て。
   …すうっ…

「!シロくん、足…」
「…!…そろそろみてぇだな…」

シロくんは、足の先からゆっくりと空気に溶けるみたいに消え始めていた。

「ねぇシロくん…一週間、楽しかったよ。まさか、漫画の中の人に会えるなんて思ってもみなかった」
「俺もだ。まさか猫になった挙句、別世界に飛ばされるとは思ってもみなかったが…お前との時間は楽しかった」

ありがとう。
お互いにそう言って、握手した。
シロくんの身体は…とうとうお腹まで消えかかってきている。

「…バイバイだね。これからまた、辛いことがあると思うけど…きっと君なら大丈夫。がんばってね、冬獅郎」
「!………なぁ、優羽…俺、」
「…あ。」

シロくんが一瞬迷うような表情をした後、何かを言いかけたその時…シロくんの全てが、空気に溶けきってしまった。

「何だったんだろう…」

…ま、いいか。
明日からまた、新しい一週間が始まる。
面倒で憂鬱だけど、楽しみで待ち遠しい、日曜日特有の感情を抱きながら、窓から青空を見上げた。



(明日の仕事、面倒だなぁ…)
(もう一度、必ず会いに行く。この想いを伝えに…)




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