仔猫と迷子の月曜日
バラの植木が並ぶ歩道。
レンガのタイルが敷き詰められた、ヨーロッパを思わせる地面。
…一応日本なのだけど、この道を通るといつも自分が西洋の少しお洒落な小道を歩いている気分になる。
まぁ…五年も通っていれば、いい加減慣れるけれど。
夕暮れの、オレンジの中をゆっくりと歩きながら、私は家に向かっていた。
地面のタイルも、アンティークなデザインの街灯も、ずらりと並ぶバラの花も、全てがオレンジに染まるのはなかなか幻想的なのだけど、私は雨の日のこの道の方が好きだったりする。
「…?」
あと少しで家というところで、見慣れた道に見慣れない物体があった。
オレンジ色の世界の中。
それもやっぱりオレンジに染まっているけれど、元の色は恐らく銀か白…いや、銀はありえないか…。
「猫、?」
道の端に、丸くてフワフワしたものがあった。
近付いてみるとやっぱり猫で、全身真っ白(蹲っていて手足の先までは見えないけれど)なそいつは私が近づいても全く逃げない。と、いうか…この子、意識ある…?
「おーい、風邪引いちゃうよー…」
フワフワした身体は、私が独り言を呟くように呼びかけながら突いてみても、全く反応を示さなかった。
「…」
どうしよう…。
見つけてしまった以上、放っておく気にもなれない…。
「とりあえず君、家に来よっか」
意識のない白猫に話しかけながら抱き上げ、再び家へと足を進める。
…猫用の餌なんて家にあったかな…。
「とにかくお風呂だ」
猫を抱え、家に着いて早々にお風呂場へと向かう。
持っていた荷物を置いて服を脱いだら準備完了。猫を洗うついでに自分もお風呂に入ることにしました。
ザァ…
「さて…ちょーっと我慢してね」
シャワーのお湯を、猫の身体にかけてから思った。…何の洗剤で洗えばいいんだろう。
びしょ濡れの猫を抱え、ついでに自分もびしょ濡れで、私は考え始める。
ボディソープ?…でも刺激強すぎないかな…まだ仔猫だし。ダメージになりそうで不安。
シャンプー?人間の頭皮用…。“毛”が生えているという共通点から考えてアリかな…。
石鹸?…そもそもこの石鹸って、何の石鹸?いつから此処にあるの?私、石鹸なんて使ってたっけ…ワカラナイ。
「…にゃっ!?」
「ぅわああぁぁ!?」
…あら猫ちゃんお目覚めですねオハヨウゴザイマス。
悩んでいる所にいきなり鳴かれて、私はそれどころじゃないくらい驚きましたけど。驚きすぎて思わず落としちゃいましたけども、猫を。
でもまぁ、そこは流石というべきか…猫は華麗に着地した。
…ボゥンッ
「…え?」
着地した…と思ったと同時に、足元から煙がもくもくと…。って、何故煙が突然お風呂場に!?
「うわわわ…」
えーと、どうしよう…とりあえず換気…いや、水をかけるべきかな…何か服を着て…。
「…おい、落ち着けよ」
「どうしよ…換気…?服…?」
「…おい、」
…ガシッ
「ぅわぁっ!?」
肩を掴まれ、椅子に座ったままオロオロしていた私(とりあえず立て)は飛び上がった。
…ん?今人の声しなかった…?
「落ち着け…。この状況を説明してくれねぇか。まず、ここはどこだ…?」
モクモクと視界を邪魔していた煙が晴れ始めると、さっきまでの可愛い子猫の姿はなく、代わりに小さ目な少年のシルエットが浮かび上がる。
「え、と…ここは、私の家のお風呂場…です」
そんなことより、さっきの子猫はどこ行った!?この少年がさっきまでの子猫だったと思っていいの!?いやいや、普通に考えてありえないよね?ここ三次元だもんね??そりゃ二次元好きだけど!私とっても二次元好きだけども!!ちゃんと現実との区別くらいはつくよ!?
でもそうなると、この状況は…
「…おい、全部口に出てんぞ」
「え!?いやいやそんなことはないですよ!」
「………お前が拾ってきた仔猫ってのは、多分俺のことだ。それと…何か着た方がいいんじゃねぇのか?」
あらいやだ。本当に口に出てたのね。…じゃなくて。
「うわわわわわわ…」
そういえば裸だった…!!
大慌てで脱衣所に置いてあった服を着ながら、ふと思い出した。
「ねぇ、少年。君の声って某漫画のキャラクターにそっくりだね。よく言われない?」
「は?漫画?…知らねぇな。それと、“少年”じゃねぇ。日番谷冬獅郎だ」
「え…」
少年が名乗るとほぼ同時に、着替え終えた私がお風呂場に頭を覗かせると…正真正銘、“某漫画のキャラクター”その人が立っていた。
(そっくりさんじゃなくて、ご本人さんだった…)