優しい愛を掬ってね


――主、――
「…ここ、私の精神世界…?」
――はい。主は今、深手を負い意識を失っておられます――
「あぁ、そっか、私…隊長を庇って…」

ぼんやりとしていたミアの頭に、日番谷の悲痛な声と表情が甦ってくる。

「私、死ぬの?」

目の前に立つ己の斬魄刀に向かって、ミアは問う。男なのか女なのかは未だに分からない(もしかしたら性別そのものが無いのかもしれない)が、ミアの斬魄刀はいつも、ミアの問いに答えてくれた。

――…そのことなのですが、――

…自分の問いに表情を曇らせた斬魄刀を見て、ミアはもう死ぬのかもしれないと考える。“日番谷冬獅郎を護る”。その為だけに死神になった。そしてその目的は果たされた。死への恐怖はない。思い残すこともない。…ミアの心は、死を前にしても静かだった。

――主には一度、元の姿に戻って頂きます。そして、普段は主の姿を変えるために使っている霊圧を全て、主の傷の回復に充てさせていただきます――
「…え?」

斬魄刀の言葉を聞いて、ミアの表情が凍り付く。

「元の…姿…?」
――はい。その間主には、預からせていただいた感情・記憶・霊圧をお返しいたします――
「待って、それは…!」
――では、失礼します――


* * * * *


「隊長、大変です!」

ミアが一命を取り留め、四番隊で眠ること半月。
日番谷はバタバタと駆け込んできた副官に、机から顔を上げ喧しいと云わんばかりに眉間に皺を寄せる。

「どうした、松本」
「っミアが…!」

   バンッ
…松本が最後まで言い終えることなく、日番谷は一瞬で部屋の中からその姿を消した。

「…隊長…ミアのことになると行動が素早いわね……じゃなかった!私も行かないとっ」

日番谷の素早さに呆気にとられていた松本が我に返り、その後を追ったのはその数十秒後。


* * * * *


「結城ミアはっ!?」

息を切らせて駆け込んできた日番谷に、病室内にいた卯ノ花と虎徹が振り向き微かに目を見開く。だが日番谷には他人の目を気にする余裕すらなく、その視線はミアのベッドへと注がれていた。

「…どういうことだ」

低く掠れるような声で呟く日番谷は、理解しがたい状況に頭が追いついていない様子だった。

「…落ち着いて聞いて下さい。結城ミアさんは霊子レベルで変化しこの姿になるまでを、自らの力のみで行ったと思われます。外部から何らかの力が加わった形跡もなく、また虚の霊圧の痕跡もないことから…」
「…もういい」

卯ノ花の言葉を遮って、日番谷は緩く首を振る。

「…ミアは、大丈夫なのか…?」
「はい」

卯ノ花の、短いがはっきりとしたその返事に、日番谷は体中の力が抜けていくのを感じ、慌てて足に力を込めた。

「何故こうなったのかは我々にも分かりませんが、今のところ彼女の容体は安定して、霊圧に乱れもありません。傷も完治しているようなので、目が覚めれば退院もできます」
「…傷が、完治…?」

卯ノ花の説明に、日番谷は訝しげに眉間に皺を寄せ聞き返す。聞き間違いかと、自分の耳すら疑った。
(ミアの傷は、相当深かったはずだ。三ヶ月…そのくらいで目を覚ませばいい方だと思っていたんだが…この二、三週間で完治するわけがねぇ)
日番谷は未だに、ミアが生死の境を彷徨っていると思っていた。だからこそ、松本が慌てて執務室に飛び込んできたとき慌ててここに向かったし、この部屋に入りミアの姿を見て、呆然とした。

「…ミア…」

そして今…日番谷のよく知る“結城ミア”の姿とはかけ離れた、しかし見覚えのあるその姿に、日番谷はそっと手を伸ばした。



(ミア、お前は…)



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