終焉に手向けの花を


四番隊が現世に来たのは、日番谷が要請を出してから十分ほど経った頃だったのだが、日番谷にはそれが数時間にも感じられた。それは尸魂界に戻ってからも同じで、四番隊の治療室にミアが運ばれてからどれだけの時間が経過したのか、日番谷にはもう分らなかった。

「…隊長…」
「…松本か」

治療室の前に置いてある長椅子に腰かけ項垂れている日番谷に、躊躇いながらも声を掛けてきた松本。現世に任務に行ったのは、不在の隊士もいた為日番谷とミアの二人だけだったが、ミアが負傷したという報せを聞いて慌てて駆け付けたのだった。

「隊長、少しは休んでくださ「…ミアが、」

一度は副官の姿を視界に認めた日番谷だったが、松本が休むように促す声はもうその耳には届いていない様子だった。焦点の定まらないまま視線を宙にやり、譫言のように呟く。

「ミアが…笑ったんだ。あいつ…いつも無表情なくせに…俺に、怪我はないかって聞いてきたとき…満足そうに、笑ったんだ…。俺を庇って…自分は血まみれだってのに……何で俺は、あの時っ……くそ!!」

目を閉じるたびにフラッシュバックする血だらけのミアとそれを抱える自分の手。その光景に日番谷は再び力なく項垂れる。松本は、そんな日番谷を同情や心配よりも驚きの目で見ていた。
今までも、何度も部下の怪我や死は経験してきた。隊長・副隊長ともなれば、その数は尚更多い。部下の死を悲しまない上官などそう多くはなく、日番谷もまた部下が負傷・死亡する度に心配や哀悼の意を表してきた。
…が。
ここまで落ち込む日番谷は、一番付き合いの長い松本でさえ見たことが無かった。

「…隊長……こんな時に言うのも、不謹慎だとは思うんですけど…隊長はいつ、自分がミアのこと好きだって気づいたんですか?」
「……ミアが死ぬかもしれないと…現世で四番隊を待っている間に…」

一つの可能性を導き出した松本の予想通り、ミアへの恋心を認める日番谷。そんな日番谷のバラバラな言葉を紡いで得た答えに、松本は目を見開いた。

「…じゃあ、ついさっきってことですか?あれだけ二人きりになる時間を作ってあげたのに、本当にただ仕事してただけなんですか!?」
「…ああ、」
「もー信じられない!隊長それでも男ですか!?確かにミアはあまり顔に出ない子ですけど、隊長といる時は嬉しそうにしてたのに、まさかそれすら気付かなかったなんて言いませんよね!!??」
「…す、すまん…?」

松本の勢いに気圧され、項垂れるのも忘れて謝る日番谷。松本は、ある程度言いたいことを言ってすっきりしたのか、一つ息を吐くと一変して穏やかな表情になった。

「…私、ミアに聞いてみたことがあるんです。どうしてそこまで、隊長の役に立とうとするのって。そしたら…あの子、私の目を真っ直ぐ見つめてきて、恩返しだからですって言ったんです。昔、命を助けられたって。…隊長、昔あの子に会ったんですか?どうしてそれを言ってくれなかったんです?…そしたらもっと色々冷やかせたのに…」
「おい、松本!」
「冗談ですよ。でも…あの子が目を覚ます前に、ちゃんと思い出してあげてくださいよ?気にしてないなんて言ってたけど、隊長が覚えてないみたいって言ってた時のあの子、少し寂しそうな顔してたんですから。…思い出して、謝って、ついでに告っちゃってください」
「ああ…って、ハァ!?」
「じゃ、私は仕事に戻りますんで!」

流れで頷きかけた日番谷は、松本の言葉に慌てて顔を上げる。が、松本は既に扉に手をかけ颯爽と立ち去る寸前だった。

「ったく…」

一体あの副官は何をしに来たのだろうか?
一瞬頭に浮かんだ疑問を、日番谷はすぐに消し去った。
…そんなものは決まっている。情けない上官をわざわざ励ましに来てくれたのだ。そんな副官に感謝するとともに、日番谷はその言葉に首を傾げた。
(俺は昔、あいつに会っている…?)
しかしいくら考えても、そんな記憶は自分の中には無かった。
幼い少女を助けた記憶など。



(何か大切なことを、忘れている気がする)



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