透明色の嘘を秘めて


『…大丈夫か?』

まだ幼かったその子どもにとって、それらはただの“音”でしかなかった。
大きな化け物に殺されかけた次は、この鋭い刃で切り裂かれるのかと、子どもは震えあがった。けれど、目の前の“黒い人”はその刃を仕舞い、自分を心配そうに見つめてくるだけ。
…自分がその“黒い人”に助けられたのだと知ったのは、子供がもう少し成長してからだった。

ある日子どもは、あの鋭い刃を拾った。近くには、自分を助けてくれたのと同じ黒い服を着た人が倒れ、息絶えていた。
子どもは、これがあれば自分もあの化け物を倒せると思い、その刃をそっと持ち去った。
…初め、子どもは自分の身を護る為に刀を握った。

――あなたは、何を望むの?――
最初に話しかけられたとき、子どもは誰に話しかけられているのか分からなかった。
――こっちだよ――
くすくす、と笑う声と共に、女の子とも男の子とも分からない中性的な子どもの声が、すぐ近くで響く。
「…誰…?」
――私の名前は…――
その瞬間、子どもが持っていた刀は今までとは少し違う形に、姿を変えた。
…子供はその時初めて、自分に“力”があることを知った。

――ミア…本当にいいの?――
「うん。どうしても…あの人に、恩返しがしたいの。できる…?」
…その日子どもは、ある決断をした。自分の恩人の為に全てを捨てて死神になると。
――できるよ…でも、私は…――
「お願い」
子どもの意志が固いと分かると、刀は主の願いを聞き入れることにした。
…全てを捨てて、全てを手に入れて、一からやり直す。たった一人の人のために。
全てを失うと分かっていても、子どもの中に不安はなかった。
そして…。

「お前が結城ミアか。俺は十番隊隊長、日番谷だ」
「存じ上げております。…初めまして、日番谷隊長」

霊術院に視察に来た日番谷と、まだ院生だったミアは挨拶を交わした。ミアは、無表情を崩さず声のトーンを変えず、日番谷に対応する。
ただ一つだけ…この時ミアは“初めて”のことをした。
嘘を吐く、ということを。
『初めまして、日番谷隊長』
その嘘に気付く者は、誰一人としていなかった。

それから約1年半の月日が経ち、ミアは無事に霊術院を首席で卒業。霊術院で初めて日番谷と挨拶をした際に交わした約束通り、十番隊に入隊した。
日番谷は霊術院で会ったミアのことを覚えていない様だったが、ミアにとってそれはどうでもいいことだった。
ミアにとって大事なのは、たった一つ…
「日番谷冬獅郎という死神の役に立つ」
…それだけなのだから。

「っ結城!!」

…たとえ、この身が滅びようと。

「馬鹿野郎っ…何で…っ」

たとえ、日番谷がどんなに悲しみで顔を歪めようと。

「…隊、長…お怪我…は…」
「喋るなっ…今、四番隊に連絡した…だからっ…」

ミアにとっては、取るに足らないどうでもいいこと。
たとえもう二度と、彼に会うことが出来なくなるとしても…護れるなら、それでいい。
日番谷の温もりを感じながら、ミアは目を閉じた。

「っ…ミア…?」

…初めて呼んだその名前が、彼女の耳に届くことはなかった。



(大切なものはいつも、この手をすり抜けていく…)




前へ次へ