淡い約束を覚えてる


…あの時、去っていってしまった子どもは今どうしているのだろう、日番谷は時々考える。
変わった目をしていた。自分と同じように、周囲とは全く違っている…しかし、――これは後から文献で得た知識だが――あの目は縁起のいいものとされるらしい。
もう何十年も昔のことだったが、日番谷は未だにあの子どものことを気に掛けていた。
腹を空かせて倒れていないだろうか、また虚に襲われていたら可哀相だ、それとも、もしかしたら既に…。
気に掛けるだけでなく、日番谷は流魂街に任務行く度に、あの異様な高さの霊圧が近くにないか、探ったりもしていた。
例えあの子どもが成長して姿が昔と多少異なっていたとしても、霊圧まで変わるわけではない。
だから…

「…日番谷隊長、お加減でも悪いのですか?」
「!、あ、いや…少し考えごとをしていただけだ」

何時の間にか日番谷が積んだ書類を終わらせ、さらに日番谷に淹れ直した茶を出したミアは、先程からずっと上の空は日番谷に声を掛けた。

「…次のご指示を」

機械的にそう言ったミアに、日番谷は少し困った顔をする。

「十分手伝ってもらったし、もう少しで俺も片付く。これ以上何もすることなんてねえよ」
「…ですが…」

食い下がるミアは、相変わらず無表情なその顔での下で何を考えているのだろうと、日番谷は時々思う。
全く引き下がろうとしない彼女は、上の空だった日番谷を心配しているのだろうか。
それとも、単に仕事が好きなのだろうか…。
否、普通なら好きだからといってここまでするはずもないのだが。
この仕事はそんな生易しいものではない。
かといって、彼女にここまで尽くされるようなことをした覚えも、日番谷にはない。
…あれこれと考えていた日番谷の頭に、全く別のことが急に浮かんだ。

「…結城、書類を各隊に届けてくれねぇか?」

色んな隊の色んな人から「結城ミアをたまには外に出せ(顔見せろ)!」と言われていたのを思い出した日番谷は、申し訳なさそうにしながら目の前に立っているミアを見上げる。
容姿も整っているミアは、その無愛想な性格すら面白いと他隊でも人気が高い。
十番隊よりも高い席官に迎えるという隊すらある程なのに…ミアはどこの誘いにも首を縦に降らないのだ。

「分かりました」

ミアは日番谷の言葉に頷き、届けるべき書類を全て抱えて、執務室を後にした。
執務室に一人残された日番谷は、ミアの出て行った扉をじっと見つめた後、
緩く首を振って手元の書類に意識を向ける。
(…ありえない…俺はただ、優秀なあいつを手放したくないだけだ。上司として、な)
真面目で、優秀で、気配りが出来て、美しくて、無愛想だが、優しい。
そんなミアを優秀な部下として手元に置いておきたいだけで、ミアを他の奴らに見せたくなくて、他の奴の元に行かせるのが嫌で、自分は今苛立っているわけではない。
(俺はただあいつを、部下として好いているだけだ)
日番谷はそう、自分に言いきかせるのだった。



(大事なのは、彼の力になることだけ)



前へ次へ