花降る街に眠る


その日ミアは、朝からなんとなく嫌な予感がしてはいた。具体的に何が、と問われれば答えられるようなものではなかったし、予感だけで仕事を休むつもりなど毛頭ない。それでも、今日は入隊してから始めて、出勤したくないと思った日だった。

「…夕食、ですか」
「ああ。結城にはいつも負担ばかりかけてるしな。このあと予定がねぇなら、一緒に行かねぇか?」

予感的中。
ミアは今まで、誰かと食事することなど一度もなかった。友達が全くいなかったというわけでも、誘われたことがなかったわけでもないのだが、ミアは一度も誘いには乗らなかった。
…だが、今回はそういうわけにもいかない。
上司――しかも、隊長の誘いである。断るのは失礼だと思ったし、もう少しこの人の傍にいられるならそうしたいとも思った。

「…ですが、」

そこで言葉を切ったミアを、日番谷は遠慮しているのだと受け取ったらしく、「気にするな」と返した。

「俺はいつも、お前に助けられてんだ。たまには礼くらい、させてくれねぇか」
「…はい…」

翠の瞳に見つめられ何となくそれを直視できなかったミアは、視線を俯けて頷いた。

* * * * *

「苦手なものはあるか?」
「あ…えっと、生ものはあんまり…」
「そうか。なら、鍋料理は食えるか?」
「あ、はい…」

歩きながら質問を続ける日番谷は、ほぼ毎日同じ部屋で数時間は過ごしているのに、ミアのことを何も知らないことに気付く。
ミアは、自分から日番谷に問うことはなかったが、日番谷が質問をすればちゃんと答えてくれた。
あれこれ聞いていくうちに、実は二人の出身地が同じであること、ミアは幼い頃に親を虚に殺されていること、ミアは生魚の他にも玉ねぎやみかんの香りが苦手であること…。

店に着き、料理を食べている間もずっと問答は繰り返され、ミアが日番谷に食事の礼を言う頃には、日番谷は(一方的に)ミアについて色々な知識を得ていた。

「お前は、何か聞きたいことはねえのか」

別れ際、日番谷にそう問われた
ミアは、一瞬なにを言われたのかを理解できず、目を瞬いた。
(この人について、知りたいこと…?)
考えたこともなかったミアは、暫く思考を巡らせ…一つだけ、思い浮かんだことをそのまま口にした。

「隊長は…私のことを、覚えていらっしゃいますか…?」
「何…?」

ミアの問いに眉間に皺を寄せ日番谷を見て、ミアはそれを答えと受け取り「…そうですか」と一瞬俯いた。

「…失礼しました。今のことは忘れてください。
では、失礼します、日番谷隊長」
「待て、どういう……!?」

形式的な挨拶を述べたミアを引きとめようと、日番谷が声を発した時には既に、ミアの姿はどこにもなかった。
日番谷の頭には、普段は一切表情を変えないミアの、先程見せた寂しげな表情と「そうですか」という言葉だけが、 自棄に鮮明に残っていた。



(一つ、彼の為に、私の全てを。)




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