星巡りの神様へ


日番谷はその日も、いつものように書類の山に囲まれていた。同じ室内に、日番谷と同じように執務に励むべき副官の姿もまた、いつも通りなかった。
だがここ数週間ほど、日番谷の仕事は以前と比べて圧倒的に楽になった。
…ちら、と壁に掛けてある時計に目をやり、日番谷はそろそろか、と思う。
(…そろそろ、あいつが来るころだ)
そして…
   コンコン、
まるでタイミングを計ったかのように、扉をノックする音が室内に響いた。

「失礼します、結城です。日番谷隊長、いらっしゃいますか」
「ああ、入れ」

日番谷が許可を出すと静かに扉が開き、書類を大量に抱えた少女が入ってくる。彼女の名前は結城――結城ミア。
先月入ったばかりの隊士だが、既に上位席官の地位に就いている秀才だった。

「書類の確認を、お願いします」

ミアは、一切その端正な顔立ちを崩すことなく、大量の書類を日番谷に渡す。
日番谷もまた「お疲れ」などと言いながら、その書類の束を受け取った。
少しも無表情を崩さす笑みすら見せないミアを、無愛想だ等と思う者も多いだろう。しかし、日番谷はミアのその整ったまま少しも崩れることのない無表情が、嫌いではなかった。
ミアの声にしても、同じだった。
抑揚のない、静かな声。けれど透き通るようなミアの声を、日番谷は密かに気に入っている。入室前の形式的な挨拶も、他の者なら己の名を名乗ったところで遮り、入室の許可を出すのだが、ミアの時だけは日番谷は絶対に最後まで止めなかった。
…できるだけ、聞いていたいのだ。彼女の声を。

「…日番谷隊長、差し出がましいようですが、私で良ければお手伝いいたします」

…そして。
この数週間、日番谷の仕事の量がかなり減った理由が、これだった。結城ミアは、斬拳走鬼だけでなく執務に関しても、隊長である日番谷が舌を巻くほど優秀な隊士なのだ。
…始まりは、書類の多さに見かねたミアが、先程と同じ言葉を発したことから。
日番谷は最初こそ断ったものの、普段なら従順なミアが珍しく引き下がらなかったので、仕方なく「頼む」と言った。
…その日からミアは毎日きっかり3時にこうして自分の書類を執務室に届け、そのまま働かない副官の代わりに、副官以上の働きをして日番谷を7時には家へ帰らせるのだった。



(一つ、少しでも彼の為になるように)




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