五月雨の泪


…二十年後。
いつも通りに遅刻してきた副官に、日番谷はいつも通り怒鳴る。
ただ一つ…

「松本!!てめぇは毎日毎日…今日くらいは遅れるなと、昨日あれほど…」
「まぁまぁ…お説教はあとにして…式、始まっちゃいますよ?」
「誰の所為だっ!!」

…ただ一つ、日番谷の怒鳴り文句がいつもとは少し違っていた。
そして二人は、机に着くことなく執務室を出て行く。
…今日は年に一度、霊術院の卒業生たちが十三隊の各隊に配属される、入隊式があるのだ。
今年、十番隊に入ってくるのは三十名ほど。
隊によって希望者の数に差はあるが、平均すると十五〜二十名くらいが、毎年の各隊の入隊希望者数。
そう考えると、十番隊は割と人気が高い。
一番人気は隊長・副隊長が共に人気の五番隊。二番目に十三番隊がが続き、十番隊は三番目くらいだろうか。ちなみに十番隊と同じかやや劣るくらいの人気を持っているのが、十一番隊である(希望するのは全員男)。

「あ、そう言えば隊長知ってます?」
「何をだ」

まだ少し怒りが収まっていない日番谷を気にする風もなく、松本は歩きながら声を掛ける。

「今年入ってくる子の中に、首席がいるそうですよ」
「…知らねぇ訳ねぇだろ。ついでにそいつは、一回生の時に飛び級して五回生になってっから、実質三年しか霊術院には通ってねぇ。しかも、“斬拳走鬼”全てにおいて秀でていて、実習の時間には相手になる奴もいなかったとか…っと、この辺は噂の範囲か」

日番谷は、昨夜目を通した新入隊士達の履歴の一つを思い出しながら言葉を紡ぐ。
…天才児、などと呼ばれていた過去まで思い出した日番谷は、余計な考えを振り払うように頭を緩く左右に振った。

「…隊長、何でそんなに詳しいんですか…あ、もしかしてあの子のストーカーとか?やだー!そういうの、セクハラって言うんですよ?」
「んな訳あるか!!お前は新入隊士の履歴書も見てねぇのかよ!?大体、相手は男だぞ!!」
「…え?」

副官の冷やかしに、一度は収まりつつあった日番谷の怒りが再び爆発し、廊下に怒鳴り声が響く。
しかし、にやついていた副官も日番谷の最後の一言を聞いて笑みを消し、怪訝そうな顔をした。

「…何だ」

怒鳴ったおかげで少しは怒りが収まったのか、日番谷は部下の表情の異変に気づき、不機嫌な声で問う。

「…隊長…首席の子は確か、女の子の筈ですよ…?」
「何…?」

松本の言葉に、日番谷までが怪訝そうな表情で首を傾げる。
昨日読んだ履歴書には、確か男の方に印がついていた筈だが…。

「…まあいい。見てみれば分かることだ。…入るぞ」
「…はい」

松本が気を引き締め、少し真面目な顔をしたのを確認し、日番谷は新入隊士の待つ道場の扉を開いた。

「礼!!」

足を一歩室内に踏み入れると、一人の号令に合わせて中にいた新入隊士たちが一斉に頭を下げる。そして、日番谷と松本が壇上に上がると「直れ!!」と再び号令がかかり、隊士たちは一斉に顔を上げた。
号令をかけるのは毎年、その隊士たちの中で一番上位の成績の者であり、その者は先頭に立つことになっている。
たった今、号令をかけた声は透き通るような美しさと、空気の粒子まで震わせそうな凛々しさがあった。
そして、列の先頭に立っているのは、見事な輝きを持った黒髪の、女だった。


(一つ、あなたの命を護れるほど、優秀な兵士に)



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