閉じた瞼は何を想う


今のミアにそんなことを言ったところでどうにもならないことも、自分がそれを口にすればきっとミアが困るということも、日番谷は理解している。だが、それでも日番谷は今更止めようとは思わなかった。

「…ミア、好きだ」
「…」

現世でのことを思い出すと、未だに背筋が冷たくなるのを感じる。
恐怖と、絶望と、喪失感で支配される頭。
ミアの血に染まる己の手。
それと同時に甦る、四番隊での副官の言葉…。
それら全てが、今の日番谷の背中を押していた。

「今度は、逃がさねぇ。俺と一緒に来ねぇか?…否、俺と一緒にいてくれ、ミア」

膝の上の小さな存在は、色の違うその瞳で日番谷をじっと見つめたまま、一言も声を発さなかった。
日番谷はその小さな身体を抱き上げ、様子を見るように恐る恐る、額にキスをする。…と。
壁に立てかけてあったミアの斬魄刀が、日番谷のその行為を待っていたと云わんばかりに輝き始め、呼応するようにミア自身も光を放ち始める。

「な…!?ミア!!」

日番谷は突然のことに驚き声を上げるも、しっかりとミアの身体を抱き締めたまま、更に腕に力を込める。そんな日番谷の腕の中で、ミアの光はさらに増していき、大きくなり…。

「………あの、」

あまりの眩しさに日番谷が目を閉じて少し経った頃。
猫の鳴き声ではなく、聞きなれた声が控えめに発せられ、目を開ける。

「…苦しいです、日番谷隊長」

戸惑ったような、照れているような響きを含んだミアの声に、視線を自らの腕の中へと落とした日番谷は、

「お前っ…!!」

…慌てて顔を背けた。
ミアは日番谷の反応に首を傾げ暫し考えた後、「ああ、」と納得したように声を上げる。

「私、服着てないですね」

猫から人に、何の準備もなく姿を変えてしまったミアは勿論、一糸纏わぬ姿で日番谷の腕の中に納まっている。
先ほど告白したばかりの日番谷からすれば、蛇の生殺しもいいところである。
が、しかし…

「日番谷隊長…少し、私の話を聞いていただけますか」
「は!?」

…ミアは全く気にしている様子がない。
日番谷の脳内はパンク寸前、顔どころか耳まで真っ赤だというのに。
そんな日番谷の驚きの声をどう受け取ったのか、ミアはもそもそと動き、

「あ、重いですね。失礼しました。ただ今退きますので…」
「いや、いい!このままで居ろ!!///」

何かに気付いたかと思えば日番谷の上から退こうとするミアを、慌てて押さえつけがっしりと固定する日番谷。
この状態から動かれればそれこそ、目のやり場に困る、と日番谷は思った。
一方のミアは、日番谷がその体勢で落ち着いたと思ったのか、口を開く。

「…私の昔の話です。隊長が、あの時と同じ言葉を仰ったので、覚えておられたのかと…」
「あぁ。昔、森でお前に言ったことだろ?ずっと…お前を探してた。忘れたことなんか一度もねぇよ」
「…そう、ですか」

驚きを含んだその声に、嬉しそうな響きが混じっていることに、日番谷は気付く。
松本の言う通り、彼女にも感情はあるのだと、思い知った。
もし今までも彼女がそれを表に出していたのだとしたら、気付けなかった自分は何と愚かなのだろう、とも。

「あの時は…自分が隊長に助けられたことすら理解できず…失礼しました。あの後私は…」

ミアは、ゆっくりと、淡々と、己の過去を話した。
斬魄刀を拾い、その名を知ったこと。自ら望んで、人となったこと。その代償として、己の霊圧や記憶、感情まで犠牲にしていたこと。
“日番谷冬獅郎”たった一人の為に。
…日番谷は、何とも言えない感情が自分の胸のうちに湧くのを感じた。こんな小さな存在が、大きな犠牲を払ってまで、自分一人の為にここまで来たのだと思うと、息が詰まる思いがした。

「…ミア」
「はい」

打てば響く速さで返ってきた返事が、人のそれであることを実感しつつ。

「俺は今、お前の過去を聞きたい訳じゃねぇ。今は、な。好きな奴のことを知りてぇとは思う。だが…俺が今聞きたいのは、そんな言葉じゃねぇ。…分かるな、ミア?」
「…はい」
「もう一度言う。…好きだ、ミア」

さっきまで、日番谷は返事など期待していなかった。相手は人の姿すらしておらず、自分の思いを告げられればそれで充分だと、そう思っていた。
だが、今は違う。

「俺と一緒に…俺の傍に、いてくれ」
「………最初から、」
「?」

日番谷の言葉の後、数秒の間を置いてから、ミアはゆっくりと口を開いた。

「最初から、隊長が昔私を助けて下さったあの時から、私はあなたのものです。言われなくとも、私はあなたの傍で、あなたをお護りします」
「…違ぇよ。お前が俺を護るんじゃねぇ。お前は俺に“護られる”んだ。だから…もう二度と、あんな真似すんじゃねぇ」

日番谷の言う「あんな真似」の意味を、何度か目を瞬いた後に察したミア。若干の怒りすら含んだその声に少し驚いたあと、ミアはゆっくりと頷いた。

「はい、隊長」

しかしその返事も、日番谷により訂正される。

「“隊長”じゃねぇ。“冬獅郎”だ」



(躾けることは、山積みらしいな)
(ご主人様って呼んでみたら、満更でもなさそうだった…)




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