スノーホワイト革命


小さな身体。
しなやかで艶のある毛。
自分より少し体温の高いその身体に、日番谷はそっと手を滑らせる。
…この病室に入って来た時は焦っていて、霊圧なんて感じ取る余裕はなかったが今ならはっきり分かる、と日番谷は思う。
これは、この数十年ずっと自分が探していた霊圧だ、と。
全ての謎は解けた。
ミアが何故、あそこまで日番谷の役に立とうとしていたのか。
日番谷には覚えのない、ミアの子どもの頃の記憶。
ミアの姿が変わった理由も、この現象に興味を持った涅がミアの斬魄刀を調べることで判明した。
ミアの斬魄刀の能力が、万物の姿形を変えるものであること。日番谷が今までミアの霊圧が探していたそれだと気付かなかったのは、ミアの霊圧の大半が斬魄刀に使われ本来の十分の一も出ていなかったから。つまり、今まで日番谷たちが感じミアの霊圧だと思い込んでいたのは斬魄刀の霊圧なのだ、と涅マユリは言っていた。

「ミア…」

そっと、針の刺さったその小さな手を撫でながらミアを呼ぶ日番谷の声は、慈しむような響きがあった。
…ミアの身体に刺さる、一本の細い針。
それは管に繋がり、ミアの身体に必要な栄養を絶えず流し込んでいる。
生命維持のために取り付けられていた他の機械は全て取り去られていた。あとはもう、目覚めるだけの状態まで回復したからだ。

「目を覚ませ、ミア。言いたいことは山ほどあるんだ」

なあ、ミア。
   …ピクリ、
日番谷がそっと呼んだ声に反応するように、その手が微かに動く。

「…!ミア…?」
「…?」

ゆっくりと…閉ざされていた瞼が持ち上げられ、その美しい瞳が日番谷の翠の瞳と重なる。そして…

「にゃぁあ!」

ミアは、違和感に気付き慌てて針の刺さっている自分の手をブンブンと振った。

「馬鹿!暴れんじゃねぇ!」
「みゅぅぅ…」

日番谷が押さえつけると大人しくなったミアは、やはり針が気になるらしく舌で舐めている。
それも日番谷が手で制すと、左右で色の違う瞳が不思議そうに見上げた。

「…卯ノ花を呼んでくる。大人しく待ってろよ?…って、言葉通じてんのか…?」
「にゃあ」

問いかける言葉に応えるように鳴いたミアに、日番谷はふっと微笑みその頭を撫で、病室を後にする。が、丁度こちらに向かっていたらしい卯ノ花と、その手にある点滴の替えを見て日番谷はそういえば無くなりかけていたような、と苦笑する。

「どうかしましたか、日番谷隊長?」

卯ノ花の良く通る声に呼ばれ、日番谷はミアが目を覚ましたことを伝えた。ついでに、針を嫌がっているようだから早めに取ってやってくれ、とも。
日番谷の言葉に一瞬驚いたような表情をした卯ノ花は、すぐに微笑み頷いた。


* * * * *


「…で、十二番隊でも元には戻せなかったんですか?」

十番隊の執務室のソファから顔だけをこちらに覗かせるような体勢で話す松本が、日番谷の説明に意外そうな表情をした。
卯ノ花から退院の許可をもらったミアを抱え、日番谷はそのまま十二番隊の技術開発局に向かった。預けていたミアの斬魄刀を取りに、そしてミアを再び人の姿にできないのかと聞きに行く為だった。

「あぁ。涅が言うには、“元の姿”ってのはこの状態の方で、今までが特殊だったとかで…人の姿になるのは、ミアの斬魄刀――あるいはミア次第、ってとこらしい」

…ミア本人はというと、日番谷の膝の上――日番谷が放そうとしないのだ――で未だに針の刺さっていた部分を舌で舐めていた。
十番隊に戻って来るなり松本に抱きつかれぐちゃぐちゃにされた毛並みを必死に直す姿も、今のように片手を持ち上げぺろぺろと舌で舐める姿も、猫らしくて愛らしいと、日番谷は密かに思っている。が、いい加減部分的に舐められている場所が心配になってきて、ミアの片手を病室の時と同じようにそっと制した。

「…もうやめとけ。大丈夫だから」
「…にゃあ」

言えば素直に舐めるのを止め返事をするように短く鳴いたミアに、「いい子だ」と日番谷はその小さな頭を撫でる。

「…にしても、どうするんですか隊長。今のままじゃ、言いたいことも言えなくないですか?」

ため息交じりにそう言った松本に、日番谷は覚えてやがったのかこいつ、と内心舌打ちをする。
確かに決心してはいたが…いざ目の前にするとどうしても言い出せない。しかも相手は猫なのだ。まともな返事が帰って来る訳でもない。…と、ミアの今の状態を言い訳に逃げている自分がいることに気付き、日番谷は己の情けなさに苛立ちすら覚えた。

「ああもう!」

日番谷が一つため息を吐いたところで、松本が痺れを切らした様に勢いよく立ち上がる。

「ミア!私たちの言葉、分かるのよね?」
「なーう」
「…おい待て松本、一体何を「隊長があんたに言いたいことあるみたいなの。私は席を外すから、隊長の話聞いてやってくれる?」…おい!」

日番谷の声など全く届いていないかのように一気にまくし立て去って行った松本。パタン、という扉の閉まる音がした後に残ったのは、沈黙と気まずさだけだった。

「にゃあぁ」
「…ミア、」

言いたいこと?とでもいうように日番谷を見上げるミア。
…昔と同じ、高い霊圧、小さな身体、珍しい瞳。
違うのは、その小さな身体はもう震えてはいないということ。

「…ミア、」

日番谷は、もう一度名を呼ぶ。
…もう一度、あの時の言葉を。

「――…俺と一緒に来ねえか?――」

そうして日番谷がそっと抱き上げ口付けた身体は………



(まるで、何かの魔法のように…)


前へ次へ