淡く脆い約束を | ナノ


  7.終わりを求めて彷徨う指先


「久し振りに買い物に行こう!」

俺が1年半ぶりに現世に来て3日目、今日は学校が休みらしく、ウキウキとした優衣の言葉に俺が返事をする間もなく、優衣は準備の為か部屋に篭もってしまった。
暫くして用意が出来たらしい優衣は、部屋から出てくると楽しそうに俺の前でくるりと回って着ている服を見せてきた。白と黒のストライプ柄のワンピース。それは以前俺が優衣に買ってやった物だった。腰に付いているピンクのベルトには、アクセント兼留め具であろう金色の貝が煌いている。

「似合ってるな、優衣」
「ちゃんと覚えてる?これ、今までもったいなくて着れなかったの」
「覚えてるよ。俺が買ったやつだろ?…未だにそれを着られるってことは…もう身長は止まっちまったのか?」
「うっ………冬獅郎こそ、1年半前から伸びてるようには見えないけどっ?」
「うるせぇ!//」

じゃれながら手を繋いで歩くこの時間がどうしようもなく幸せで、くすぐったいような苦しいような、不思議な気分になった。

「…あ、そういえばね、冬獅r「危ねぇっ!!」

優衣が何かを言いかけたその時…伝令神機に反応が出るのとほぼ同時に虚の霊圧を感じた俺は、咄嗟に優衣の腕を引いて抱き寄せた。

「ちっ…邪魔しやがって…!!」

舌打ちをし義魂丸を飲むと、優衣をキングに護らせ地を蹴り抜刀する。数匹かと思われた虚は次々と現れ、切ってもキリがない為に30分もすると流石にうんざりし始めた。…限定解除をしなくとも、雑魚虚を片付けるのに何の問題もないだろう。そう判断した俺は、尸魂界には連絡を入れずに始解をする。

「霜天に坐せ、氷輪丸!」

刀から現れた氷の竜は、周囲にいた数十匹の虚をまとめて凍りつかせた。…これなら数分で片付くだろう。むしろ何故今まで地道に一体ずつ斬っていたのだろうと、ため息を吐く。

「冬獅郎っ!!」
「!!」

優衣の、悲鳴にも似た叫び声に振り向くと、空には不気味なヒビが入っていた。

「大虚か…!!」

ヒビが徐々に避けていき、向こうから巨大な虚が顔を出す。特徴的な姿をしたそいつは、緩慢な動きでこちらに這い出てこようとしている。

「…させるかよ」

俺はギリアンが完全にこっちに来る前に片付けてしまおうと、周囲にいた残りの雑魚を片付け巨大な黒い穴へと向かう。
俺の接近に気付いてか、ギリアンはやはり緩慢な動きで口を開け、その中心に赤い球体を作り出す。
…虚閃。まともに喰らったら相当なダメージを受けるのは確実だな。
新たに三匹の氷の竜を刀から出現させる。紅い光と氷の竜は、お互いに威力を相殺する…はずだった。

「っ!!しまっ…」

限定解除をしていなかった氷輪丸は、ギリアンの虚閃にあっさりとかき消され、俺は赤い光に包まれた。

「冬獅郎!」
「…っ、」

優衣の悲鳴が街中に響く。
俺は何とか意識を保っていたが。思った以上にダメージを受けてしまった。
…どうする…今の虚閃の衝撃で、伝令神機が故障してしまった。今の俺が卍解したところで、そう長くはもたないだろう。第一、こんな状態でこいつを倒せるとも思えねぇ…。

「!いやっ!!」
「!!優衣っ!」

ギリアンに刀を向けたまま思案していた時。優衣の悲鳴が聞こえ、下を見るといつの間にか虚が優衣を囲んでいた。

「くそっ!!」

俺は急いで地上に降り、氷輪丸で虚を凍らせていく。

「…冬獅郎、後ろッ!!」
「なっ…!?」

気付かないうちに背後を取られていた俺は、自分の血で染まる優衣のワンピースと、泣きながらこっちに手を伸ばし義骸に抑えられる優衣を最後に、意識を失った。
…優衣…泣く、な……。

「………ごめ…ね……冬獅郎………さよ…ら…」

…目が覚めたとき俺は、浦原の店に寝かされていた。

「…目が覚めたッスね」
「…優衣、は…」

…夢現の中で聞いた優衣の声は、泣いているようだった。夢ならいいが…もし本当に優衣が泣いているのなら、早く傍に行ってやらねぇと。それでなくても、怖い思いをさせちまった。抱き締めて、安心させてやりたい…。

「優衣サンなら無事ッス。先程、帰られました。…あなたに、“もう会いに来ないでくれ”と言付かりましたよ」
「…!」

…泣いていた…あの声は、本物の優衣の声だったのか…。

「優衣サンは、これ以上あなたが自分の所為で傷つくことに耐えられなかったんでしょう。…これを、あなたに渡して欲しいと」
「…っこれ…!」

浦原が複雑そうな顔で差し出したのは、俺が優衣に渡したネックレス型の霊圧制御装置だった。ただ…蝶の形をしていた筈のそれは、元の形を知っていなければそれが蝶だったと分からない程に、歪んで変形していた。

「…ずっと前に、壊れてたらしいッス。…優衣サンの霊圧に、制御装置の方が耐えられなくなってしまったんでしょう」

…俺が、もっと早く休みを取って来ていれば…もっとちゃんと優衣を気にかけていれば…優衣は再び怖い思いをせずにすんだのか…?
果たして俺に、優衣を追いかける資格はあるのだろうか…。


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