淡く脆い約束を | ナノ


  6.歪んで映る壊れた自分


…優衣に初めて出会ったあの日、俺は別の任務で現世に来ていた。
戦闘という訳でもなかったし何より極秘であると総隊長から通達があったので、表向きは長期休暇、実際は現世に滞在しての長期任務という事で、俺は一人で現世に来ていた。表向きの理由の所為もあってか、期間より早く任務内容が終わった際はそのまま残りを休みにしていいと言われたが、そんなに長い休みをもらっても特にすることがない俺はそれほど張り切ってはいなかった。…が。幸か不幸か、三日目にして以外にもあっさりとそれも片付いてしまい、俺は現世を少し見てから尸魂界のばあちゃんにでも会いに行こうかと思っていた。
…何となく現世をぶらつきだしてすぐのことだった。異様なほどに高い霊圧の揺れと、それに呼び寄せられたであろう虚の霊圧を感じ、俺はすぐにその方向へ向かって地を蹴った。
そこにいたのは、虚が一体とその虚を見上げ座り込む一人の少女。逃げる素振りすら見せずただぼんやりと虚を見上げる少女からありえない程の霊圧を感じる。
何よりもまず虚を倒すことが最優先だと判断した俺は、少女の体を貫こうとした虚の腕を斬り落とし、次いで虚の仮面を目掛けて刀を振り下ろす。
虚が消えたことを確認し、少女に向き直った。
少女は暫くの間ぼんやりと俺を見つめていたが、我に返ると慌てて立ち上がりぺこりと頭を下げて笑って見せた。…だが、その淡い笑みは自然なものではなく、少女の瞳の奥に俺は、自分と共鳴するものがあることに気付いた。

「…無理、するな」

俺達は基本、現世の人間たちに干渉することはない。…が、放っておけなかった。優衣と名乗った少女は、さっきの虚に両親を殺されたと言った。
…あぁ、だからか。
俺は少女の話を聞いて、何故自分がこの少女に関わってしまったのか、何故少女の瞳に共鳴したのかが分かった。
周囲の者たちから拒絶されてきた境遇、自分の所為で大切な者を傷つけてしまった(優衣の両親は死んでしまった)過去。
…同じだった。俺と。

「…自分を責めるな。お前は何も、悪くねぇ。…それと、もう死のうなんて考えるな」
「っ…どうして…、」

俺の言葉に心底驚いたようで、少女は泣いたばかりでまだ赤い目をこれでもかというほど見開いた。
…あの時…虚を見上げて黙って座り込んでいた少女の瞳は、恐怖よりも、悲しみや絶望や諦めの色が多く宿っていた。
恐らく少女は悟ったのだ。両親を殺した虚は、自分を狙っていたことを。そして…“自分の所為で両親は死んだ”と思ったのだろう。
…だから俺は放っておけなかった。俺には、励ましたり慰めたり認めてくれる者がいたが、この少女にはそんな奴がいなかったのだろう。少女の瞳には、かつて旧友を殺してしまったばかりの頃の俺と同じか、それよりも深い悲しみと絶望の色が宿っていたから。
…この少女に、もう心の拠り所がないのならせめて、俺が少女の傍に居ようと思った。同じ思いをした奴にしかできないことがある筈だと思った。

「…寂しいなら、俺が傍に居てやる。俺が、お前を護ってやるから…もう馬鹿なこと考えるな。お前が死んじまったら、お前の両親も浮かばれねぇだろ?」
「…うん」

…少女…優衣は、張りつめていた顔を少しだけ緩め、微笑むというにはまだ程遠いが、さっき見せた無理矢理な笑顔よりずっと自然な顔で頷いた。
それから約三ヶ月、人間と死神の奇妙な生活が続いた。このマンションの主でもある優衣の叔父夫婦は旅行に行っているとかで、三か月間ずっと、俺は優衣と二人きりだった。
普通の人間ならば俺の姿すら見えないが、高い霊圧を持った優衣にとっては俺に触れることも当たり前のようにでき、何の不自由もなくまるで同じ生物同士であるかのようにごく普通の生活を送った。
…ある日俺は、優衣にネックレスを渡した。

「それを持っていろ。それは、お前の霊圧を抑えるものだ」

それは、技術開発局に作らせた霊圧制御装置で、優衣が身に着けやすいようにと更木の眼帯のような不気味なものではなく、あくまで女が好むようなアクセサリーにしてもらったものだった。

「…可愛い」

蝶のモチーフのそれを見て、優衣はぽつりと呟き俺から受け取ったそれを身に着けた。
すぅっ…と優衣の霊圧が小さくなるのを感じると、優衣自身もそれを感じたらしく、うっすらと微笑んだ。

「…ありがとう」
「あぁ」

…この時すでに、俺の現世滞在期間は一か月半を切っており、俺達は恋人同士になっていた。




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