淡く脆い約束を | ナノ


  5.ガラスのビー玉


…その日は、私にとって人生最悪の日だった。

――「優衣ってさ、時々変なこと言うよな。レイカンってやつ?…気味悪いんだけど。俺もう関わりたくないんだよね」――

一年間付き合っていた彼氏は、そんな風に私に別れを告げた。…生まれつき、普通の人には見えないモノが視えていた私。周りの人はみんな私のことを気味悪がっていたけれど、両親はそんな私を大切に育ててくれた。…私が、10歳の時までは。
家族で旅行に行った先で事故に遭い、運転席と助手席に座っていた両親は即死だった。車と車の正面衝突。警察は相手の車の居眠り運転と判断したけれど、私は白い仮面の化物が相手の車を私たちが乗っていた車にぶつけてくるのを見た。
…両親が死んで、私は一人になった。親戚は皆、私を気味悪がって拒絶した。身寄りのない私を引き取り本当の娘のように育ててくれたのが、今一緒に住んでいる(と言っても、殆ど家にいないけれど)叔父夫婦だった。
…そして今から2年前のあの日、14歳だった私は付き合っていた彼氏に別れを告げられた。…今まで何度も、「気味が悪い」と言われてきた。だから、彼氏の前ではできるだけそういう事を言わないようにしてきたつもりだった。だけど…それでも彼氏は、私が“視える”人だという事を知り気味悪がった。
…どうして。何も悪いことをしていないのに。どうして私が、こんな目に遭わなきゃいけないの。
泣きながら走った私は、気付くと繁華街にいた。…私が立ち止まったのは、目の前に大きな影が立ち塞がったからということと、その大きな影が、4年前に両親を殺したあの化物だったからということ。

「…オマエノ魂…クワセロ…」

…その時私は、悟ってしまった。この化物は、あの時私を狙っていたのだと。私の所為で…両親は死んだのだと。

「…ぁ、」

化物が、空洞のように真っ暗な仮面の奥で目をぎらつかせながらゆっくりと迫ってきているのに、私は一歩も動けないどころかその場に座り込んでしまった。
…繁華街にはたくさんの人がいたけれど、地面に座り込む私を気にかけて近寄って来る人も化物に気付いて逃げ惑う人もいなかった。
化物が私に、手を伸ばしてくる。その指の先には、長くて鋭い爪。
…私、死ぬのかな。ごめんなさい、お父さん、お母さん。私の所為で、二人を死なせてしまった。
化物の爪が私に向かって伸び、私は死を覚悟した。
   ザシュッ…

「ギャアアアァァ…」
「…え…?」

あと数センチというところで化物の腕が斬り落とされ、一体何処からそんな声が出るのだろうというほどの断末魔の叫びをあげる化物。斬り落とされた腕は、私の前にごろりと転がったかと思うと、蒸発するように消えて行った。だけど、私が一番驚いたのは断末魔の叫びでも、化物の消えた腕でもなく。軽々と宙を舞い、あっという間にその手に持っている日本刀のような刀で化物を倒してしまった、銀髪の少年だった。

「…おい、怪我はねぇか?」

化物の仮面を真っ二つにして完全にその姿が消えたのを見届けてから、少年は私を振り返り片手で持っていた刀を背中に挿し、もう片方の手を座り込んだままの私に差し出し気遣うような表情でそう言った。
黒い和服に映える銀髪を風に靡かせ碧玉の目に私を映す幻想的な少年に、私はついさっきまで死を覚悟していたことすら忘れぼんやりと見とれていた。

「…立てねぇのか?」

座ったまま黙っていた私を、腰が抜けて立てないと思ったのか、少年は少し心配そうに眉間に皺を寄せる。

「あ、ごめんなさい。立てます、大丈夫です」

我に返った私は、素早く立ってみせぺこりと頭を下げて笑ってみた。
これ以上この少年に心配をかけまいと思っての行動だったのだけれど、少年はさらに眉間の皺を深くする。

「…無理、するな。怖かったんだろ?人前で泣きたくねぇなら無理強いはしねぇが、そうやって無理に笑うのはやめろ」

そう言って私の頭をそっと撫でた少年に、私はずっと長い間我慢していたものが崩れていくのを感じたのと同時に、久し振りに安心できる場所を見つけたような気がした。

「…俺は十番隊隊長、日番谷冬獅郎。死神だ」
「私は…優衣、です」

…結局、私に付き添ってマンションの中まで上がってもらった少年…もとい冬獅郎と、泣き止み落ち着いた私がお互いに自己紹介する頃には、外はすっかり暗くなっていた。




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