淡く脆い約束を | ナノ


  4.年の差なんて関係ないよね


私たちは繁華街を出て、マンションに向かってゆっくりと歩きだした。こっちの服を着ている冬獅郎は、今日は“ギガイ”というものに入っているらしく、あの日の夜私の部屋の窓から出て行った時に着ていた黒い和服も、背中に挿していた刀も見当たらなかった。
どうやら“ギガイ”というのは、冬獅郎の姿を普通の人にも見えるようにするものらしく、道行く人たちは擦れ違う度に冬獅郎を凝視していく。視線の種類は様々で、冬獅郎を見ては「かっこいい」と囁き合うお姉さん達や小学生並みの身長なのに銀髪碧眼の彼を珍しそうに見ていくおじさん、中には手を繋いでいる私たちを仲の良い姉弟とでも思ったのか、妙に温かい眼差しで見てくるおばさんもいた。
冬獅郎は隊長という立場上、注目されるのもある程度は慣れているらしく平然と歩いていくけれど、目立つという事を全身全霊で避けて生きてきた私は、彼と手を繋いで歩いているという事に震えが走りそうな程の喜びを感じつつも、冬獅郎のついでに隣にいる私にも向けられる視線に何だかとてもいたたまれなく思えてきて、自然と歩く足が速まってしまった。

「…久し振りだな、この部屋」
「…冬獅郎がずっと来なかったからね」

無事マンションに着き中に入ると懐かしそうに室内を見回す冬獅郎に、無意識のうちに冷たい言い方になってしまい、私の思いを読み取ったらしい彼は苦笑して本日何度目かの「悪かった」を呟いた。
責めるつもりは無かったのに彼を謝らせてしまったことに少し罪悪感を覚えながらも、ここ十数ヶ月の寂しさも同時に思い出してしまい、結果的に追い打ちをかけてしまった。

「あと少し、来るのが遅かったら諦めてたかもしれなかったんだよ」
「は?たったの一年半ちょっとだろ?」

…たったの一年半…?“たった”…?
冬獅郎が私より遥かに長生きで、その辺のご長寿なおじいさんおばあさんなんて比じゃないくらいの時間を生きてきたことは知っている。けれど、私がずっと悩んで、色んな感情を抱きながら過ごしてきたこの十数ヶ月を、「たったの一年半」と表現した彼には驚愕した。

「…“たった”じゃ、ないんだよ…私、ずっと寂しかった。冬獅郎がもう、私のこと忘れちゃったんじゃないか、って…」

…分かり合えないのかな。
諦めるつもりは無いけれど、彼の感覚との差に一瞬そう思ってしまった。元々、彼は違う世界で生きている人。本来なら私たちはこうして関わることも許されない。まして冬獅郎は責任のある立場。私に、「会いに来るのが遅い」なんて怒る資格はないのだろう。
…だけど。

「…心配、だったんだよ…何かあったんじゃないかって…。怖かったんだよ…大怪我とか、してたらどうしようって…」

せめて、連絡くらいしてくれてもいいじゃないの。一体私が、どれだけ心配したと思ってるの。
彼に縋りつき泣きながら訴える私に、やっぱり彼は「悪かった」としか言わない。
…私にとって一番怖いことは、冬獅郎が私との約束を忘れることでも、冬獅郎に彼女ができることでもなく、大怪我をしてこっちに来ることが不可能な状態にあることだった。
酷い時は、血まみれの冬獅郎が夢に出て来て飛び起きるくらい、本当に怖かった。でも私にはどうしようもなくて、何もできなくて。せめて声が聞けたらいいのに。…そんな思いで眠れずに過ごす夜が何度もあった。

「…悪い。そんなに思いつめてたなんて知らなかった…」

ぽろぽろと、私の頬を零れ落ちていく涙を、彼は両手の親指で包むようにして拭い、悲しそうな顔をした。そして、そっと私を抱き締めてまるで幼い子供をあやすように、ゆっくりと背中を撫でてくれる。
私は嗚咽を漏らしながらも、ゆっくりと背中を上下する彼の温もりと、抱き締められていることで感じる彼の呼吸とで、少しずつ落ち着いていく。

「…心配すんな。これでも一応、隊長だ。そう簡単にやられたりしねぇよ」
「…うん…。好き、冬獅郎」
「俺もだ」

凭れ掛かっていた彼の胸から頭を離し、碧玉の瞳と視線を絡めながら想いを伝えあったあと、ゆっくりとした動作でそっとキスをした。

「…久し振りだね、冬獅郎とキスするの」
「あぁ。やっと優衣の所に戻ってきた気がする。………あ、」
「ん?」

唇を離してお互いに少し恥ずかしそうに微笑み合ったあと、冬獅郎は何かを思い出した様に小さく声を上げた。
何だろうと首を傾げる私に彼は少し悪戯っぽい笑みを浮かべ、こつんと私の額に彼のをくっつけお互いの吐息の温度すら感じられる距離で、一言。

「ただいま、優衣」
「!…おかえり、冬獅郎」

一瞬、彼の言葉に呆気にとられた私は、だけどすぐに笑みと共に応えた。
…微笑み合った私たちはもう一度、さっきより少し長くてさっきよりずっと甘いキスをした。



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