3.終わらない詩を歌う
「…ぁ、」
どうしよう…黒崎くん、本気だ。
冗談で、私を笑わせようとしてるとかじゃなくて、本気で私に、想いを伝えてる。
…私は彼が好きで、でも彼は別の世界の人で、きっともう私に会いに来ることはなくて、私は…
「…私…、」
…どうしたらいい?
…誰も答えを教えてくれる人なんていない。誰も答えなんて知らない。私のことだもの、自分で決めなくちゃ。
「…わ、たしは…っ」
「…そいつを離せ、黒崎」
…瞬間、私は息が止まるような感覚に襲われて、一切の音を失った。…ある、一人の声を除いて。
「そいつを離せ。そいつは、俺の女だ」
「冬獅郎…!?なんで、ここに…」
「っ…!!」
――『俺の女だ』――
ずっと聞きたくて待ち望んでいた声は、少し不機嫌そうだったけれど、それでも私にとって一番嬉しい言葉を紡いだ。
急な彼の出現に、驚いたように力の緩んだ黒崎くんの腕から抜け出して、声のした方を振り返る。
「…あ…冬、獅郎…っ」
会いたかった。ずっとずっと。待ってたんだよ、私。どうして今まで一度も会いに来てくれなかったの。忘れたのかと思ってた。私、もう少しで諦めるところだったんだよ。…大好き、冬獅郎。
「ちょ、優衣、待て…!」
「冬獅郎の、ばかぁ…!!」
言いたいことはいっぱいあったのに、やっとの思いで言えたのはそんな子供じみた言葉だけで、あとは全部涙となって、抱き締めた冬獅郎の肩を濡らしていった。いきなり抱きついた私に最初は驚いた表情をした彼も、「悪かった」と背中に手を回して優しく撫でてくれる。ずっとずっと待っていて、どうしようもなく恋しかった温もりが今、私を抱き締めてくれている。そう思うだけで、今までのモヤモヤも沈んだ心も、私の中にあった暗い部分が全部丸ごと、何処かへ吹き飛んでいく気がした。
「…遅くなって、悪かった。でも、約束を忘れてたわけじゃねぇから」
冬獅郎は私のことなんてお見通しのようで、私がさっきまで考えては堂々巡りしていたことを、あっさりと否定してくれる。
「ちょ…ちょっと待ってくれ。何が何だか俺にはさっぱりだ。どういうことだよ?何で…」
「“俺と優衣が知り合いか”って?」
私の心がとりあえず落ち着いたところで、黒崎くんもまた、告白を台無しにされたショックから話せる程度には回復したらしく、訳が分からないと言わんばかりに困惑の表情を浮かべ、私と冬獅郎を交互に見た。
そんな黒崎くんの言葉を代弁するかのように冬獅郎は、問いかけの続きを紡ぐ。
私はというと、黒崎くんの疑問に答えるべく離されたと思われる、背中にあった彼の温もりを残念に思いつつ、彼に会えたことの喜びやらその他諸々の感情の所為で存在自体を軽く忘れつつあった黒崎くんに対して、申し訳なく思っていた。
「…まず、優衣に霊力があるのは知ってるか?」
「え!?あ、いや…初耳だ」
冬獅郎の言葉に驚きを露わにして私を見る黒崎くん。私は心の中で未だに申し訳なさを感じながらも頷いた。
…それから一通り、黒崎くんに対する冬獅郎の説明が終わり、黒崎くんはさっきの告白など無かったかのように(いや、実際なかったことにしたいのだろう)、いつも通りの笑顔で私に「また明日な」と言って帰って行った。
…あ。宿題…。
一瞬だけ嫌な事を思い出したものの、一時的にでも頭から追い出すことで今目の前にある現実に向き直る。
「…優衣…」
「…ずっとずっと、会いたかったんだよ、冬獅郎…」
もう一度、お互いの存在を確かめ合うようにして、私たちは人目も気にせず抱き締めあった。
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