淡く脆い約束を | ナノ


  1.淡く脆い約束を


――『必ず、また会いに来る』――

今でもはっきりと覚えている、その言葉を告げた彼の表情と後ろ姿。月光が降り注ぐ中、まだ寒い空気の中へと部屋の窓から飛び去って行ったのを最後に、私はずっと彼の姿を見ていない。

「…忘れられちゃった、のかな…」

最初はまだかまだかとドキドキしていた私の心も、今ではすっかり沈み、諦めの色すら混じっている。
…そうだ。きっともう、私のことなんて忘れちゃったんだ。
隊長だと言っていた。あっちの世界のことはよく分からないけれど、きっと忙しいに違いない。…言い寄ってくる美人なお姉さんや可愛い女の子も、たくさんいるんだろうな。

「…って、暗!暗すぎるよ、私!!」
「…何一人で叫んでんだよ、優衣」
「!あら、黒崎くん。どうしたの?」

ペしぺしと頬を叩いて嫌な考えを振り払っていると、後ろから呆れたような声がした。振り返り、私より1つ分くらい上の位置にあるオレンジ頭に、首を傾げる。
というかこの人は、一体いつからそこにいたのだろう。さっきの独り言も聞かれてた…よね。

「どうしたの、はこっちのセリフだ。道のど真ん中で大声出しながら自分の頬叩いてるなんて、傍から見れば不審な奴にしか見えねぇぞ」
ほれ、と促されて周りを見れば、道行く人たちが、私を怪訝な顔で見ながら歩いていく。
…あらやだ、恥ずかしい。
顔が少し赤くなるのが分かって、とっさに俯いた。

「…あ、ありがとう…」
「ん?」
「声、かけてくれて…」

…でなければ私は、家に着くまでずっと恥ずかしい人だったかもしれない。

「おぅ」

顔を上げなくても、黒崎くんがニッと笑ったのが分かる。いつも眉間に皺を寄せているのは同じなのに、どうしてこの人は彼と違ってこんなに爽やかに笑うのだろうと、ふと顔を上げて思ってしまった。
その私の表情が曇っていたのか、黒崎くんは私の頭にぽんと手を置き、「どうかしたか?」なんて顔を覗きこんでくる。

「ううん、何でもないの!それより黒崎くん、今日ひま?」

…しっかりしなくては。いつまでも考えていたって、どんどんマイナスな思考にしかならないのだし、何かが起こるわけでもないのだから。
話題を変えるべく、声のトーンを上げてわざと明るめに聞いた。

「あ、いや…特に予定はねぇけど…何かあったか?」
「あのね、宿題の分からない所を教えてもらおうと思って」

授業で睡魔に負けちゃって。と舌を出して笑うと、黒崎くんは「仕方ねぇな」なんて言いながら私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
黒崎くんの瞳から心配そうな色は消えなかったけれど、笑ってくれたから良しとしよう。

「じゃあ、私の家に来て?どうせ一人だから、誰か来ても騒ぐ人なんていないし」
「あれ、叔父さんたちは?」
「スペインに行った。一ヶ月くらい帰って来ないって」

一緒に住んでいる叔父叔母は、叔父が有名な放送作家だったお陰でお金には困らず、暇を持て余してよく旅行に行く。
高級マンションの最上階を買ったものの、そこで生活しているのはほぼ私一人という状態。

「分かった。一旦荷物置いてくっから、先に行っててくれ」
「うん。あとでね」

バイバイ、と黒崎くんに手を振り別々の道に進む。
…あ。黒崎くんの後ろに憑いてる。この間までと違うから、新しい人かな。
黒崎くん、好かれるよなぁ…。相手は幽霊だけど。




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