淡く脆い約束を | ナノ


  10.狂った輪廻


…優衣が現世で死んで、もう三年が経つ。
あの日、優衣を魂葬した俺は、尸魂界に来たはずの優衣を探しているが、この三年間、手がかりの一つも掴めていなかった。

「たいちょー、そんな怖い顔してたら、新入隊士の子たちも逃げちゃいますよぅ」

無意識のうちに眉間に皺が寄っていたらしく、松本が片手に煎餅、もう片手で現世の雑誌のページをめくりながら、俺に注意を促す。

「…お前はもう少し副官の威厳を持て。新入隊士に迷惑かけんじゃねぇぞ」
「やだ隊長、私がいつ部下に迷惑なんてかけました?」
「現在進行形で、だ。お前の書類を、一体誰が片していると思っている?」
「…アハハ…」

苦笑いをしてごまかした松本に、俺は深くため息を吐いた。
毎年多くの隊士が入ってくる中で、松本の被害に遭った奴は数知れず…。むしろ、会わない奴の方が珍しい。絶滅危惧種並みだ。
今年も多くの新入隊士が、このちゃらんぽらんな副官の餌食になるのだろう。…想像しただけで気の毒になってくる。

「…あ、そういえば隊長知ってます?今年うちに入ってくる子の中に、霊術院を首席で卒業した、神の子って呼ばれてる子いるらしいんです。しかも、女の子らしいですよ」
「ほぉ。随分と仕事が出来そうだな。…松本、新しい副官にそいつを就任させようと思うが…どうだ?」

いい加減仕事をしろと、絶対零度の視線と霊圧を向ければ、松本は慌てて自分の席に着く。…全く冗談と言う訳でもなかったのだが…まぁいい。執務はともかく戦場においては、最も信頼できる部下であることに間違いはない。
   …コンコン

「失礼します。日番谷隊長、松本副隊長はいらっしゃいますか?」
「あ、来たわね」
「??…あぁ、入れ」

やけに嬉しそうな松本を横目に、俺は入室の許可を出す。…聞き覚えのある声ではあったが、うちの隊の中にあんな声の奴はいなかったはずだ。恐らく、新入隊士の代表だろう。

「失礼します。新入隊士代表として、ご挨拶に伺いましt「久し振りー!!もー、そんな堅苦しい喋り方しないでって言ってるのに〜」
「…松本、そいつを離してやれ。窒息するぞ」

…ついでに顔が見えねぇ。
入って来た隊士がもう少しで顔を上げようとしたその時に、松本が勢い良くそいつに抱きついたおかげで、そいつは数歩よろめき暫くは我慢していたが苦しくなったらしく、バタバタともがきだした。

「いいですけど…隊長、この子が可愛すぎても惚れないで下さいよ?この子は私のですからねっ」
「…さっそく迷惑かけてんじゃねぇよ。本気で副官からおろすぞ」

松本のわけの分からない科白に呆れ、餌食の一番手となったであろうそいつに心から同情した。

「…隊長が私に惚れて下さらなくとも、私が隊長に惚れてしまいますよ、乱菊さん」
「…!!」

…松本からようやく解放されたそいつは、くすくすと笑いながら姿を現す。…俺は、そいつを見て、言葉を失った。

「…久し振り、冬獅郎。元気だった?」
「優衣…っ!!」

三年間ずっと探し続けていたそいつは、三年前の背格好のまま、三年前よりずっとやわらかい表情で俺に微笑んだ。

「ちょ、ちょっと待って!優衣、あんた隊長と知り合いだったの!?」

ぽかんとしていた松本はやっと我に返り、いつからだ、とか付き合っているのか、とかどこまでいったのか、と騒ぎながら俺たちの顔を興味津々で見つめた。

「お、落ち着いて下さい、乱菊さん。ちゃんと説明しますからっ」

松本の勢いに圧倒され、少し引き気味にそう言った優衣。
松本にこのまま捕まれば、優衣は数刻は仕事に戻れず、松本はそのまま執務室に戻って来ないだろうと考えた俺は、優衣に仕事が終わったらここに来るように、とだけ言って執務室から追い出し、文句を言う松本に仕事をしながら話してやると告げる。

「三年ほど前、俺が一週間有休をとったのを覚えているか」
「あ、覚えてますよ!一週間も隊長がいなくて本当に大変だったんですから!!」
「お前の部下たちがな。…で、俺はその時現世に行って――…」

俺は優衣との関係を大方説明し、話し終わる頃にはすっかり号泣していた松本が、仕事が終わり再び執務室に来た優衣に涙まみれのまま抱き付いたのを引き剥がすのだった。

「…で?何で大人しく俺を待っていられなかった?よりによって死神なんかになりやがって」

仕事に区切りをつけ優衣を連れ出した俺は、飯を食いに来ていた。

「ご、ごめんなさい…」

向かいに座る優衣は、俺の怒りが顔に出ていたのかおずおずと謝る。…謝ってはいるが、全く申し訳ないとは思ってねぇな、こいつ。それなりにしおらしい顔をしてはいるが、瞳の奥には喜々とした光が輝いている。

「死神になれたことが、そんなに嬉しいか。死ぬかもしれねぇんだぞ、優衣!………頼むから…俺にもうあんな思いさせないでくれ…」
「……それは…死神を辞めろってこと…?私、辞めないよ!やっと護る力を手に入れたんだもん!…流魂街にいたら、私はまた誰かを傷つけちゃうし」

急に言葉に勢いがなくなったかと思うと、優衣の表情が翳る。…可能性ではなく断定だった優衣の言葉から考えて、流魂街で既に何かあったのだろう。俺の隊に連絡は来なかったから、他の隊の奴に助けられたのだろうか…。

「…その時に私を助けてくれた、可愛い人に霊術院に入るのを勧められたの。副隊長だって言ってたんだけど、まだ会えてないなぁ…」

ぼんやりと昔を思い出す様に宙を見る優衣。…可愛い副隊長?草鹿か?あいつが真面目に仕事をして、優衣にそんなことを勧めるとは思えねぇが…。
…まぁいい。

「…優衣、荷物はもう全部出しちまったか?」
「?…ううん、忙しかったから…まだだけど、?」
「そうか、それは良かった。お前、俺の部屋に来い」
「え?いいの?やった、じゃあこのまま寄ってく!」
「何言ってんだ、馬鹿。一緒に住むぞって言ってんだよ」
「……………え、えぇぇええぇえええぇ!!??」

…店中の客がこの個室を振り返ったんじゃないかと思うほどの声に、俺は苦笑した。
年単位ではなかったとはいえ、現世で一緒に住んでいたんだ、そこまで驚かなくてもいいだろうに。
こっちに来て、隊長という地位の高さをはっきりと理解し、少なからず引いてしまったのだろうか。あるいは…ようやく俺を、異性として意識し始めたのだろうか…。
俺は知っていた。優衣が、俺のことを恋情の目で見ていないことを。親をガキの頃に失った優衣は、俺のことを兄弟のような目で見ていたことを。
俺はそれでも構わないと思っていた。優衣との関係が壊れる可能性があるなら、どんな種類の“好き”でも慕ってくれているままの方がいいと。
だが…三年前、悟った。
このままでは、やはりだめなのだと。
俺が失態を犯し大怪我を負ったとき、優衣に自分の想いを伝えておけば良かったと、それだけを思った。目が覚め自分が生きていることを知り、すぐに言うつもりだったのだが、完全にタイミングを失い、こんなに遅くなってしまった。

「…結婚、してくれねぇか、俺と。少しでも、お前の傍に居たいんだ」

いくらでも、俺に惚れさせる自信はある。だから、とりあえずこいつを傍に置いておきたい。
…優衣はもはや驚いて声も出ない様子だったが、それでも何とか頷いてくれた。

「…わ、たし…で、良けれ…ばっ、」
「…あぁ」

…いつから聞いていたのか、個室の筈なのに聞き耳を立てていた連中が優衣の返事を聞いて大盛り上がりしている店内。

「良かったね、シロちゃん!」
「あ、あ、あなたは、あの時の…!!」
「ん?…って、ああ!!あなた、三年くらい前にすごい数の虚に狙われてた人!」
「…雛森のことだったのか…」



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