『今、用事があって白石君の学校の近くに来ています。
 駅の近くのカフェにいるので、部活が終わったら連絡下さい』




そんなメールが彼女から来ていたのを見た俺は、スピードスターは俺や!!っていうくらいのスピードで走っとる。




部活が終わった後、たっぷり自主練までした自分を、今日ばかりは恨めしく思った。



すでに夕日の姿は見えず、明るい星が自己主張をはじめていて、下校する同じ高校の生徒や、帰宅途中の大人の姿が増えていた。






あの日、パーフェクトでもなんでもない、格好の悪い告白をした俺の手を握ってくれた彼女には、これ以上情けないところは見せたくないというのに、ずいぶん遅くなってしまった。






俺達の高校は駅を挟んで逆方向に位置しとる。

尚且つ、家さえも駅を挟んで逆方向にある。




『X』という字をイメージしてもらえばわかりやすいんやろうか。


距離感は多少違うが、駅が真ん中のクロスしている位置だとすると、それぞれ線で真っ直ぐ結んだ先に家と学校が位置していると言っていい。





つまり、何が言いたいんかと言うと、俺達はほぼ“一緒に帰る”ということが出来ない環境下にある。



まぁそれは俺が部活をしていて、今日みたいに遅くなってしまうから彼女を待たせたくないというのも理由の一つやけど。



その代わり、と言ってはなんやが、夜メールしたり、たまに電話したりで一応コミュニケーションは取っとる。


最初は
「照れてしまうから」
と口数の少なかった浅井さんも、今ではマメなメールと電話の甲斐あってか、喋りすぎて長電話になってしまうこともある。




でもやっぱり直接逢うには適わんくて、やからこうして少しでも一緒に帰ったり、放課後デートすることとかに多少憧れがあったりする…

いや、彼女が、憧れてたりするんちゃうかな、と思っている。





カフェの前に立って、少し髪を手で整えてから中に入る。



店内を見渡せば、本を読んでいたのであろう彼女がこちらをなんとも言えない表情で見つめていた。




「遅くなってゴメンな」
「うぅん、平気。」



怒ってるかな、と浅井さんの顔をチラッとみたら、同じようにこっちをチラッと見た彼女と目があって、思わずどぎまぎしてしまう。




それをごまかすように、本をカバンにしまい込んだ彼女が立ち上がるまでの動作を、俺は見逃さないようにボーっと眺めている。




「…い…行こ?」
「あ うん、行こか」



浅井さんが会計を済まし、レジのお姉さんと一言二言交わして出てくると、小走りに俺の横に並んだ。

そんな彼女の仕草にまたドキドキしてしまう。



今まで女友達が隣を歩くことなんて幾度もあったのに、それが浅井さんになっただけでこれなんて、俺もまだまだやな、なんて考えながら彼女の横顔を見つめた。



「…何…?」
「ん?」



ふいに浅井さんが居心地悪そうに俺をチラチラと見ながら言った。

視線は合わない。
キョロキョロ、チラチラ、俺の首辺りを見たり、手を見たり、俯いたり。



「…見すぎ…」
「あぁ、ゴメンゴメン」


それが彼女の照れ隠しやとわかったから、思わず吹き出すと、浅井さんは恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。




中学生のころの彼女は、こんなに恥ずかしがりやったやろうか。


まっすぐで、いつも楽しそうな瞳もまっすぐで、姿勢も良くて。



あぁ、もしかして俺が他の女友達と彼女が違うように、彼女も俺に緊張してくれているんだろうか。




あの日、あのパーフェクトとは程遠い告白をしたあの日

彼女が遠慮がちに俺の手を握ってくれたことを思い出す。





そんな彼女が急に愛おしく感じた。


っちゅーか、これが“愛おしい”っちゅー感覚なんやな。
なんかむず痒いというか、笑いが堪えられん感じ。



そんな風に感じた俺は、ふとこんなことを思いついた。






「なぁ、俺のこと、名前で呼んでや」
「え…」
「あかん?」
「や…うん…名前で呼ぶ…」
「じゃぁ呼んでみて?」
「今?」
「今」




ニッコリ笑いかけると、彼女はカァッと顔を真っ赤にして


「ぅ…」


と俯いてしまった。

それが可愛くて可愛くて。




「な、呼んでみて?」
「あ…あとで…」
「い ま。お願い」
「うぅ…」




ズルい、と完全に下を向いてしまった彼女に、ん?と耳を寄せる。


「何が?」
「そんな顔…ズルい…」
「俺そんな変な顔しとる?」
「バカ…」
「はは、冗談やって」





そんな会話を交わしているうちに、駅についてしまった。


人がたくさん行き交う改札を通る。


ピッ、と定期を翳して後ろを振り返ると、浅井さんがはぐれそうになって、不安げな表情を俺に向けた。



俺はとっさに手を伸ばす。




「由芽」
「…!!」




大きく目を見開いた彼女は、それでもやんわりと俺の差し出した手をとった。


彼女の小さな手をキュッと握って引き寄せる。




彼女の手がどんどん熱を帯びていく。

だけど俺達はなんとなくそのまま手を離すことはなくて。




無言のままホームにいると、やがて電車がやってきた。



また俺が少し手を握ろうとすると、彼女は指を動かした。



解かれたら、ショックやな。



そう思ったけど、彼女は指を俺の手に緩く絡めた。

ドクン、と、一度心臓が大きく動いて、それから音でも出しそうなほどせわしなく動きだした。



彼女の鼓動が、指先から伝わってくる。

俺の鼓動も、伝わっているのだろうか。





聞こえるのは自分の心臓の音。

感じるのは彼女の鼓動と、細く小さな手。






気が付いたら俺達の地元の駅についてしまっていた。


やはり無言のまま改札を出る。




「早い、な」
「うん」
「…」
「……」
「あかん、なんか別れがたい」
「そだね」
「…もう暗くなってもうたし、送ってこか?」
「ううん、私自転車だから…歩きでしょ?」
「ん…」




また、無言。



だけど、なぜかこんな時間が大切で、幸せだ。




「また、一緒に帰れるよ」



由芽の自信のこもった言葉に、ハッとして顔を見る。




由芽の目は、中学生の頃のような──
俺が、好きになった由芽の、真っ直ぐで綺麗な目だった。





「だから、今日はここで。」
「うん…」
「夜メールするから」
「ん…」
「…また、ね、蔵ノ介」
「…!!」



ふわ、と微笑んだ由芽は、ほんの少しだけ俺の指をキュッと握ってから、クルリと自転車置き場へ向かう。

情けなくもボーっとしている俺を一度振り返って小さく手を振り、口パクで


『後でね』


と言いながら。






「…ズルいのは由芽やんけ…」




夜のメールが楽しみや、と、浮き足立って帰路につきながら、俺はそう呟いた。


















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