「お身体に悪いですよ?」
彼女は、少し眉を寄せて言う。
でも俺は、右手に持った煙草を吸うのをやめない。
「土方さん…」
「うるせぇな、俺はやめねぇぞ」
言いながら煙を吐き出す。
薄く吐き出された煙は、ゆっくりと夜に溶けた。
「…おいしいんですか??」
「さぁな」
もうこれは、うまいうまくないの問題ではないのだ。
短くなった煙草を灰皿に押し付けながら、俺は思い出す。
以前、それはまだ、こいつに
───由芽にほんの少しだけ惹かれ始めた
惹かれていることに自分でも気付いていないような頃。
その時から由芽は、
「煙草は苦手なんです」
と言っていた。
最初はなんとなく、由芽が苦手なら止めてみようか
などという浮かれた気まぐれで、気にかけたこともあったが、いけねぇ。
どうにもイライラしちまう。
もう癖なんやら中毒なんやら
そんなことはどちらでもいいが
そのイライラを、たまたま些細な失敗をした由芽に八つ当たりした俺の、後の自己嫌悪は二度と味わいたくなどない。
あの時の由芽の悲しそうな顔は、きっとこれからも忘れられないだろう。
こんな時俺の性分は本当に損だと思う。
つまらない、下らない八つ当たりをするくらいなら
由芽のあんな顔を見るくらいなら
身体に悪かろうがなんだろうが、あの毒のような煙を吸った方がどれだけマシだろうか。
矛盾など百も承知。
「…本当に、頑固なお人。」
由芽は苦笑して言った。
「土方さんは、いつも人のことばかり考えて…」
由芽は、胡座をかく俺の膝にそっと手を置いた。
以前はそんなことでも心臓が跳ねたものだが、今はただ、由芽に触れられたことで、穏やかな気持ちになっていく。
もう、子供のような恋愛の仕方はしない。
お互い気持ちも伝えていなければ、いちいち小さなことで嫉妬や一喜一憂もしない。
だけど、
「頑固で、不器用で」
俺は由芽を見た。
由芽も俺を見る。
お互い目を、見つめる。
「とっても、優しい人」
こいつは、わかってる。
俺が煙草を吸う意味を。
「私は、そんなあなたが」
俺は由芽を強く引き寄せ、唇を塞いだ。
「…言葉なんざ、いらねぇよ」
息がかかるほど近くでそう囁く。
「…お前がわかってくれさえいりゃ、それでいい」
そう言うと、由芽は俺に染み込んだ大嫌いな煙草の匂いを深く吸い込んで、それはそれは幸せそうに、ゆるりと微笑んでみせた。
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