すべてが灰色に見えた。
雨がサァァと音をたてて降り続けている。
もうどれくらいの間降っているだろうか。
昨日から、いや、もっと前から降っていたかもしれないが、そんなことはもはや私にはどうでも良かった。
ただ、後ろに居る彼の気配を、神経を集中させて感じている。
木の葉に溜まって大きくなった雫が一際大きく音をたてて落下した時、彼は荒々しく私の腕を掴み体を反転させた。
彼の指先が私の腕に食い込んで痛い。
思わず顔を歪めそうになったが、それをせずに私はゆっくりと目を閉じて、一心に受け止めた。
彼の痛みを、苦しみを、戸惑いを、怒りを、虚無感を。
彼は何も言わない。
いや、言えないのだ。
私は彼の手に自らの手を重ね、そっと外そうとする。
しかし彼の力は一向に緩まる気配もなく、私の腕を圧迫し続けた。
「放して」
「…何故だ」
彼が聞きたいのはどちらだろう。
なぜ私が放してほしいと言ったかだろうか。
それともなぜ私が、彼に別れを告げたかだろうか。
答えあぐねていると、彼の指は一層私の腕に食い込み、私はついに眉根を寄せた。
「…お前、本気で言ってんのかぃ」
「当然です」
グッとさらに彼が力を込める。
あぁ、と私は思う。
腕が痛い、胸が痛い。
そして、なんて心地よいのだ。
だけどまだ足りない。もっともっとだ。
そっと彼の顔を見ると、彼は傷ついた瞳で私を見ている。
その殺気すら漂う瞳に私は恐怖した。
幾人をも切ってきた、修羅場をくぐってきた、いつも生命を危険にさらしている彼の殺気立った瞳。
そこに私だけが映っている。
私は計り知れない恐怖を感じながらも、どこか恍惚として彼の瞳を見つめている。
ぞわぞわと背中が粟立つ。
私は、歪んでいる。
想いすぎたのだ、と私は思った。
その言葉がただふと浮かんだ。しかしその通りだった。
私はこんな風にしか彼を愛せない。
「総悟、」
「…俺から逃れられると思ってんのかぃ」
「…総悟」
「お前のようなやつを、俺以外の奴が、」
ガッ、と、彼の手が私の首を絞める。
遠慮ない締め付けに、思わず咳き込んだが酸素は身体に入ってこない。
鼓動が大きく頭に響き、顔に血が溜まっていく感覚の気持ち悪さと喉の不快感が先行して、不思議と苦しいと思う前に意識がふわふわとし始めた。
不意に解放された時、私は力が入らなくなった足では立っていられず崩れ落ちた。
真っ白に点滅する視界がはっきりしたころには、目の前には畳があった。
そう思った瞬間、今度は天井と総悟の顔が私を見下ろしていた。
ギリギリと手首を掴まれ、身動き一つ取れない体勢だというのに、私は見慣れた風景だ、とぼんやり考えていた。
昨晩も見た光景だった。
昨晩は月が出ていなかったから、いつもより一層暗い部屋、一つの布団に潜り込み、お互いの体温を感じながら見つめ合った。
だけどそれだけでは足りない。
どんなに見つめあっても、どんなに感じあっても、どんなに接吻を交しても、愛の言葉を囁いても、足りないのだ。
私は、総悟のすべてが欲しかった。
一度望めば、欲望は止まることを知らない。
本当に、ただ、私は。
想いすぎたのだ。
自分を優位な立場に置きたがる彼だからこそ、彼が私の一挙一動で傷つくところが見たかった。
それこそが、彼が私を愛しているという証しだった。
好きだからこそ傷つけたかった。
「由芽」
「…何?」
「いくらでも傷ついてやらァ、お前がそれを望むなら」
総悟の言葉に、私は思わず目を見開いた。
そんな私に彼はニヤっと笑い、
「由芽、愛してる」
と言った。
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