その日、屯所はピリピリとした空気に包まれていた。


中でもある一室に近づくにつれ、その空気はまるで肌にも感じられるほど強くなっていき、確かな殺気が感じられる。




「す、すみません…!!」
「謝罪なんざいらねぇ。
 どうしてヤツを逃がした?」
「ほんの一瞬、目を離した隙に、道に落ちてた石で殴られちまって…!!」




そう言った、土下座をしている男の頬は痛々しく腫れ上がり、そこには白い大きなガーゼが貼ってある。

彼は緊張のせいか小刻みに肩を揺らしながら答えたが、頭上から感じられる殺気が濃くなったことに目をギュッと閉じる。



そしてその男を見下ろしている男は煙草の煙を吐き出し、言った。



「目を離した隙、だぁ?
 テメェはいつから隙をつくっていいほど偉くなった」
「も 申し訳ございません…!!」



土下座する男が額を床に強く押し付ける。


ひしひしと感じる殺気は男を押しつぶしそうに強く、まるで生きた心地がしない。





「まぁまぁ、結果私が捕まえたんだし、良いじゃないですか、副長」



この部屋の空気には不相応なほど暢気な声でそう言ってのけたのは、女隊士だった。



髪を後ろで一つに結わえたその女隊士は、ニコッと口角を上げると、副長と呼んだ男の肩をポンと叩いた。




「…テメェ何暢気なこと言ってやがる
 ってかコイツはお前の隊の隊士だろ!!お前が責任取れ!!
 そもそもお前が団子なんか食ってるからコイツがケガする羽目になったんだろうがぁぁぁ!!!!」
「…ち…違うもん!!
 食い逃げ常習犯捕まえたお礼にってお団子屋さんがお団子出してくれたんだもん!!
 頂かないと逆に悪いもん!!
 あ、わかった、お土産もって来なかったから怒ってるんだ!!
 でも残念でしたー!!マヨネーズ味のお団子は無かったですよー!!」
「人のせいにしてんじゃねぇ!!
 誰も団子が食いたいなんて言ってねぇよ!!この馬鹿が!!」
「馬鹿って言った方が馬鹿」
「うるせぇガキ」
「副長の方がガキ」
「テメっ…!!お前のが年下だろうがァァァァ!!」
「あ…あの…副長…違…隊長はその…(子供のケンカ…??)」




副長、と呼ばれている男と、女隊士が激しく言い争っているのを、先程まで縮こまっていた隊士がオロオロと止めようとする。



いつしか屯所に張りつめていた殺気は和らぎ、それに気付いた男──土方は、片手で女隊士の頭を押さえ、腕を精一杯伸ばしたまま不機嫌そうに咳払いをした。

女隊士は土方の胸を両手を一生懸命伸ばしてポカポカと叩いている。



それを無視して土方はオロオロしている隊士を睨みつけた。



「とにかく!!お前は…」
「もう行っていいよ」
「おいぃぃぃぃ!!」
「私の隊の隊士です。私が責任を取ります。
 …でしょ?副長がさっき仰ったことですから」




女隊士は土方を真っ直ぐと見つめ、先程土方の肩を叩いた時のようにニコッと笑ってみせた。




「…いいだろう。朝井は残れ。お前は行っていい」
「はい」
「だが次はねぇぞ」
「はい…!!申し訳ありませんでした!!」





隊士が出て行くと、女隊士、朝井由芽はもう一度土方にニコリと微笑んだ。



土方はギロリと由芽を睨みつける。


土方からはまた殺気が立ち上り、目に見えるようだった。



しかし、由芽は全く気にしていない様子で「で、私はどんな罰をうければいいですか?」



と相変わらず笑顔を崩さない。


土方は殺気を消して重くため息を吐いた。




「お前…なんで言わねえんだ」
「何をですか?」
「団子食ってたのはお前じゃねぇだろうが」
「…食べましたよ?」
「嘘吐け。いや、食べたかもしれねぇが…沖田から聞いてんだぞ」
「…沖田君のおしゃべり」




由芽はぷぅっと右頬を膨らませた。




「俺がお前に怒ってんのはそこじゃねぇよ」
「やっぱりお土産持って帰んなかったから…!!」
「ちげえっつってんだろ!!」
土方はイライラしながら煙草に火をつけると、ため息と共に煙を吐き出し、由芽の頭にポンと手を置いた。




「お前の気持ちはわかるが、ありゃやり過ぎだ」
「…だって、可哀想だよ、あんなに頬腫れちゃって」





あの時、食い逃げ犯を捕まえた隊士と由芽は、連行しようとした犯人の
「団子屋の店主に土下座させてほしい」

との望みを聞いてやろうとした。


しかし犯人は土下座するフリをして拾った、大きめな石で自分を捕まえていた隊士を殴って逃げようとした。




由芽は、部下を傷つけた犯人を許さなかった。


犯人が掴んでいた石を叩き落とし、犯人が抵抗する気を無くすほど返り討ちにしたのだった。




「…だからアイツに団子買ってやったのか」
「…途中で、口が痛いから隊長も食べて下さい、って
 油断した自分が悪いから、って…
 だけど、犯人が謝りたいって言う気持ちを大事にしてやるような優しい隊士を傷つけるなんて…」
「お前が許せねぇのは、部下を守ってやれなかった自分もだろ」
「……はい…」
「…ったく」





うなだれる由芽を見つめ、また大きくため息を吐いた土方は、頭をガシガシと掻いた後、また由芽の頭をポンポンと少し乱暴に撫でた。




「やっぱりガキじゃねぇか、お前は」




由芽の頭に置いていた手を後頭部にやって、グイッと自分の胸に押しつけると、土方は煙草の煙を吸い込んだ。




「落ち込んでる場合じゃねぇ。
 お前は人を引っ張る立場だろうが。
 人の上に立つってのはそういうことだ」
「…はい…」
「…まぁ、お前が悔やんでんのはアイツもわかってんだろ
 お前の隊はチームワークだけはピカイチだからな」




少し柔らかくなった土方の口調のせいか、由芽は土方の服を遠慮がちにキュッと掴んだ。





「だがアイツが油断したのも事実。お前が油断したのも事実。
 そうだな?」
「はい…」
「同じことを2度はするな。
 次は死ぬかも知れねぇ。
 そういうことをしてるんだ。此処にいる全員がな。」
「はい」
「よし」





土方が由芽の頭の手を離すと、真っ赤な目をした由芽が顔を上げて、先程までと変わらない笑顔で



「副長」



と呼ぶ。



「あ?」




右手で短くなった煙草を口から離した土方に、由芽は少し背伸びをして土方の唇に口付けた。




チュッと音をさせて離れると、



「あはは、副長隙ありっ!!」




と言って、長い廊下を走っていった。




一瞬ポカンとした土方は



「…て…んめぇ…おらぁぁ朝井!!待ちやがれこのクソガキがぁぁぁぁ!!!!」





と、由芽を追って走って行った。










(くっそ…朝井のやろう逃げ足だけは早ぇ…)
(野郎じゃないもん、副長また隙あ…り…)
(捕まえたぞ朝井てめぇこのやろう…!!)
(野郎じゃないもん、副長に恋する女の子だもん)
(…調子狂うなちくしょう)






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