ざぁっ と音を立てて風が吹いた。


砂埃が少し舞って、由芽は目を細めた。
どこからか桜の花びらが運ばれて来たらしく、数枚の淡いピンクも舞っている。

よく晴れた空に眩しく輝く太陽にまた由芽は目を細め、狭い階段を上る。

ギシ、と音を立てる木の階段に懐かしさを感じながら扉の前に立って深呼吸すると、由芽は思い切って扉を開けた。














黙ったまま顔を上げた銀時の目を真剣な様子で見ていた由芽は、やがていたたまれなくなったように視線を下げた。


「…あ そ」

小さな、呟くような声で銀時はそう言うと、緊迫したこの空気を壊すように大きく息を吐くとソファーに体を預けた。


「いいんじゃね?
 応援するよ、俺は」


その言葉に少しホッとしたように息を吐いた由芽は、だけど、と言った。


「だけど、遠恋になるね」
「そうだな」


天井を見ていた銀時は、息を吐き出しながらそう言うと目を閉じた。


「でもお前が夢叶えるためには必要なんだろ」
「うん…」
「遠恋になるってわかってても、行きてぇんだろ」
「、うん」



由芽は俯き、だけどはっきりと返事をした。



シンとした空気はまだ冷たい。

春とはいえまだ夜は冷たい空気が辺りを包み、由芽の指先を冷やした。


緊張のせいか余計指先は冷えている。





銀時と離れたくはない。
だけど夢を叶えるためには必要で


銀時と夢を秤にかけたわけではない。

かけられない。

かけられるわけもない。


銀時にはわかって欲しかった。



「…俺は止めねぇぞ」


銀時はチラリと由芽を見た。
やはり溜め息混じりの声だった。


「…イイ女になって帰ってくるんだろ?」
「う、ん」


由芽は声を詰まらせた。
潤む瞳を細め、愛しい人を見つめると、言った。


「銀ちゃん」
「あー?」
「必ず帰ってくるから」
「おー」
「待っててくれる?」
「当たり前だろ」
「…ありがと」
「仕方ねぇやつ」




ふ と苦笑いした銀時は由芽に向かって両腕を広げる。

由芽は堪えていた涙を溢れさせながら、銀時の胸に飛び込み、二人は大切に大切にキスをした。
















溜め息をついた。

あの日と同じように、今日は何度も溜め息をついた。
はぁ と吐いた息は心なしか震えている。
手にじっとりと汗をかいて、指先が冷たい。


時計の秒針の音しか聞こえないシンとした部屋で、銀時は落ちつきなく歩き回っていた。



コップを持つ手が震えていて、危うく取り落としそうになる。



「あああっ!!落ち着かねえぇぇぇ!!!!」


叫んだ銀時は、はぁはぁと息を整える。




何年ぶりだろうか、由芽に逢うのは。





手紙や電話ではない。



帰ってくるのだ、由芽本人が。






何度あの日止めれば良かったと後悔したことか。

何度逢いに行こうとしたことか。



そのたびに、信じて待っていると約束したあの日を思い出して耐えた苦労が今日報われるのだ。



しかしだからこそソワソワと落ち着かずにいる。




新八達は気を利かせて志村家に行っている。

緊張を誤魔化しながら引き止めた銀時は、神楽に強烈なアッパーを食らわされ


「男ならバシッと決めるネ!!
 このへなちょこが!!」

と叱咤され今に至る。





その時ガラリと扉が開く音がしたのに気がついた銀時は、一瞬迷って玄関へ走った。
















ドタバタと足音がして、夢にまで見た姿が目に入った。


焦ったような顔をした銀時が、由芽の姿を見てビタリと止まると、ゴクリと喉をならした後、咳払いをして


「よ よう」


と言った。


由芽は泣き笑いを浮かべると、荷物を放り出して銀時に抱きついた。






「ただいま銀ちゃん」
「おかえり由芽」



ぎゅぅっと抱き合った二人はお互いの体温を、匂いを、確認するように抱き合ったままでいる。


紛れもなく幸せだと思えた。


「お前、待たせすぎだろ」
「ごめん」


銀時が由芽の耳元で言うと、由芽がふふ、とくすぐったそうに、そして楽しそうに笑う。




少しだけ強い風が、二人の再会を祝うように桜の花びらを連れてやってきた。


それを見た銀時は、今までの緊張が嘘だったように落ち着くと、まるで零れ出たように呟いた。




「由芽」
「ん?」
「結婚すっか」
「え?」
「今すぐじゃねぇけど。結婚すっか」
「うん、する」
「よし。じゃぁパフェでも食いに行くか」
「うん!!」



花のように笑った由芽の頭に、再び桜の花びらが舞う。




まるでフラワーシャワーのようなそれに、銀時は目を細めて微笑んだ。







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